美大生が学ぶ、盲学校の美術教育 健常者の常識が通用しない、視覚障害者の独特な世界!
独自記事
このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram
10,787 view
美大生が学ぶ、盲学校の美術教育

暖冬との予報も外れ、東京は寒波に見舞われたお正月でしたが、皆様の新年はいかがでしたでしょうか。受験を控えた生徒さんとその親御さん方にとっては、気の抜けない重要なシーズンです。私はというと、大学を卒業したのはもう云年前、受験の記憶もあるかないかではございますが…、とある折に大学生に混じって授業を聴講する機会がありました。

東京都にある五美術大学の一つ、多摩美術大学にて開かれていたのは、視覚障害をもつ児童の美術教育に関する講義です。教員育成課程の一環で、二百人ほどの学生で埋まった広い講堂には、将来美術教員を目指す学生たちの真剣な眼差しが。

とても興味深く拝聴してまいりましたので、ゲスト講師として来校していた山中由美子先生(東京都立八王子盲学校、主幹教諭)のお話をご紹介させてください。

 目が見えなくてもわかること、目が見えないから難しいこと

「視覚障害者には、『色』の話はタブーだと思う方もいるでしょうね。視覚障害者は目が見えないから、色を学ぶ必要はないと思いますか」

山中先生が学生たちに向かって優しく尋ねると、講堂の学生たちはわからないながらも、そんなことはないだろうという考えで満場一致の様子。

「視覚障害者ももちろん色の世界で生きています。」と続けて、山中先生。「りんごは赤い、トマトも赤いなどといったことを知っています。たとえば服を買いにいったら、『私は赤が似合うとよく言われるから赤い服がほしい』『青は男の子らしいから、僕は青がいいな』といった風に、目が見えなくても色を意識しています。これは躾ではなく、文化だからです。もちろんりんごは赤いだけではありません。成長するにつれて、実はりんごは赤だけではなく、黄色い部分や、緑っぽい部分もあるのだと教えられます」

先生は、視覚障害者には視覚障害者であるがゆえに、研ぎ澄まされる感性があることと、難しいことがあると言います。

「視覚障害のある人たちは、健常な人たちに比べて、視覚以外の感覚が磨かれています。たとえば音楽の分野で、視覚障害者が優れた業績を残し世界中で活躍しているのは有名ですね。一方、触って確かめることのできない、『高い』『遠い』など、教えなければ育たない感覚があります。手が届かないほどの高さや遠さは、目が見えないと想像することがとても難しい感覚なのです。『階段をたくさん上ってもまだ着かないな』という経験や、空気が薄い、音が遠いなどといった体験を通して、徐々に理解していきます」

©ギャラリーTOM

健常者の常識が通用しない、視覚障害者の独特な世界!

風のかたち、太陽のイメージ…視覚障害を持つ子どもたちのユニークな想像力は、美術教員にとって感動的発見の連続であることは想像に難くありません。ところが健常者との世界観の違いから、ちょっとした壁と遭遇することもあるのです。

とある授業で、「宝探し」をテーマに課したものの「冒険するってどういうことだろう」と試行錯誤してしまった一例を紹介してくれました。

「普通、上から物が落ちて来た!あぶない!という劇をしたら、みなさん頭を抱えて『ウワー!』と屈んだり、仰け反ったりするでしょう。でも、視覚障害のある子どもたちは、言葉の表現は同じものの、動作はリアクションが少ない。健常者は知らず知らずのうちに漫画や絵本から、オーバーリアクションな動作を学び、影響を受けているんだと気づきました」

視覚障害者にとっては何よりも安全が第一なので、むやみにフラフラしたり、足元が覚束ない場所へ行くことはまず考えられないことなのだそう。宝が見つかるまでの想像の旅が起伏に富んだ冒険になるよう、まずは実際に体を動かして冒険を体験しなければならないことに思い至りました。そこで山中先生たちはわざと障害物を並べて、のぼったりくぐったりすることで生徒に冒険の疑似体験をしてもらい、生徒の想像力の手助けをすることにしたのだそうです。机の上を歩いた時、先生や友達の声が下から聞こえたことで『高さ』を体験し、とても恐がっていた生徒もいるとか。

先生方の教育の工夫を垣間見るエピソードです。

『ぼくたち盲人もロダンをみる権利がある』視覚障害者と美術教育の歩み

そもそも目が見えない子どもたちに美術教育をするということ、昨今では当たり前に聞こえますが、どのように発展してきたのでしょうか?

視覚障害者への美術教育は、音楽教育に比べると研究の歴史が浅く、山中先生が教師となった頃にはまだ盲学校の美術というと、どうやって教えたらいいのだろうと模索している状況だったそうです。この、日本の視覚障害者美術教育の意識向上に大きく貢献したギャラリーがあります。

1984年、生来視覚障害者であった息子の「ぼくたち盲人もロダンを見る権利がある」という言葉に突き動かされ、自身も作家である村山亜土・治江夫妻によって東京都渋谷に設立された、「手で見る美術館」ギャラリーTOMです。視覚障害者が手で触れて鑑賞できる、日本で初めての美術館となったこの小さなギャラリーは、定期的に全国の視覚障害者児童の優れた作品を集って展示し、優秀な作品には「TOM賞」を授与するなど、美術教育を活気づける役割を果たしました。

「TOM賞」が素晴らしいのは、賞が優秀な作品を作った生徒本人だけでなく、生徒を指導した美術教育者を含む、学校という環境にも贈られたという点だと、山中先生は言います。「TOM賞」は美術教育に取り組む指導者全体を応援することで、現場を励まし教育者の意識を向上させた、とても価値のある賞だったそうです。(現在「TOM賞」はその役目を終えたということで、賞自体はなくなっています)

「視覚障害者の児童が持つ、健常者が思いつかないような自由な想像力は本当に素晴らしくて、感動します」と山中先生。「目が見えないことから、隣の人を見て真似をすることもないですね。自分らしい純粋な発想をします。障害児童だけでなくすべての美術教育について言えることですが、いかにその発想の邪魔をせずに、豊かな感受性を伸ばし、表現の手助けをするかというのが、教育者の課題」

山中先生の子どもたちに対する愛情と、子どもたちの生む美術へ対する感動と情熱を伺い知ることのできる大変興味深い講義でした。

『目が見えない人に色の話はタブーか』…正直に白状すれば、筆者には正しい答えがわかりませんでした。普段の生活で、全盲の視覚障害者の方とお話する機会はなかなかありません。特別支援学校では、イベントや交流活動、ボランティアの受け入れを精力的に行っているところが多いと聞きます。漠然と理解しているつもりの認識をリフレッシュさせるために、こういった学びの機会を自ら設けて、学校主催の講演会や研究会等へ出かけていくのもいいものだとつくづく感じた日でした。

ボランティアの登録を行っている特別支援学校もあるようですので、関心のある方はお近くの特別支援学校へ問い合わせてみるのもよいかもしれません。もちろん大学生の方も!

■山中由美子先生略歴■

東京学芸大学卒業後、制作活動時期を経て教職へ

教職歴34年。現在東京都立八王子盲学校 主幹教諭(美術科教師)

 

■八王子盲学校■

東京都立八王子盲学校は、3歳児から幼稚部・小学部・中学部・高等部・高等部理療科まで、幅広い年齢に対応した教育を行う都立唯一の視覚障害教育の総合校。西八王子駅から点字ブロックを辿っていくと必然的に到着するというこの盲学校では、幼児・児童・生徒の障害に応じて教材を工夫し、また保護者への学びの機会も設けて障害への理解を助け、幼児・児童・生徒と共に保護者の成長も見守るような環境づくりを備えています。近隣の保育園と積極的に交流授業を開催し、将来を担う子どもたちが広い視野をもつようにと願っているそうです。

 

<取材協力>

多摩美術大学 http://www.tamabi.ac.jp/index_j.htm

東京都立八王子盲学校 http://www.hachioji-sb.metro.tokyo.jp/

ギャラリーTOM  http://www.gallerytom.co.jp/

 

ethica編集部 :ミミ

東京生まれ東京育ちのアラサーです。多摩美術大学卒業後、ディレクター業・イラストレーター業に従事。2016年よりethica編集部に参加。アート、旅、グルメ、ファッションのほか、歴史や教育などの社会的な出来事に関心があります。好きな街は青山とソウル。アメリカと中国に在住経験あり。現代人が輝けるライフスタイルを重視した記事を発信します!

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

ミミ

このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram
【ethica Traveler】 連載企画Vol.6 宇賀なつみ (第5章)ゴールデン・ゲート・ブリッジ
独自記事 【 2024/3/27 】 Work & Study
「私によくて、世界にイイ。」をコンセプトに2013年に創刊した『ethica(エシカ)』では、10周年を迎える節目にあたり、エシカルでサステナブルな世界観、ライフスタイルをリアルに『感動体験』する場を特集しています。 今回は、カリフォルニア州サンフランシスコ市のエシカルな取り組みを取材!エシカ編集部と共にサステナブルな...
そろそろ知っておかなくちゃ! 水素のこと。森中絵美(川崎重工)×中村知弘(UCC)
sponsored 【 2024/3/26 】 Work & Study
2023年の記録的な猛暑に、地球温暖化を肌で感じた人も多いだろう。こうした気候変動を食い止めるために、今、社会は脱炭素への取り組みを強化している。その中で次世代エネルギーとして世界から注目を集めているのが「水素」だ。とはいえまだ「水素ってどんなもの?」という問いを持っている人も多い。2024年2月に開催された「サステナ...
【ethica Traveler】 連載企画Vol.5 宇賀なつみ (第4章)サンフランシスコ近代美術館
独自記事 【 2024/3/20 】 Work & Study
「私によくて、世界にイイ。」をコンセプトに2013年に創刊した『ethica(エシカ)』では、10周年を迎える節目にあたり、エシカルでサステナブルな世界観、ライフスタイルをリアルに『感動体験』する場を特集しています。 本特集では、カリフォルニア州サンフランシスコ市のエシカルな取り組みを取材!エシカ編集部と共にサステナブ...
【ethica Traveler】連載企画Vol.4 宇賀なつみ (第3章)アリス・ウォータースの哲学
独自記事 【 2024/2/28 】 Work & Study
「私によくて、世界にイイ。」をコンセプトに2013年に創刊した『ethica(エシカ)』では、10周年を迎える節目にあたり、エシカルでサステナブルな世界観、ライフスタイルをリアルに『感動体験』する場を特集しています。  今回は、カリフォルニア州サンフランシスコ市のエシカルな取り組みを取材!エシカ編集部と共にサステナブル...
【ethica Traveler】連載企画Vol.3 宇賀なつみ (第2章)W サンフランシスコ ホテル
独自記事 【 2024/2/14 】 Work & Study
「私によくて、世界にイイ。」をコンセプトに2013年に創刊した『ethica(エシカ)』では、10周年を迎える節目にあたり、エシカルでサステナブルな世界観、ライフスタイルをリアルに『感動体験』する場を特集しています。 今回は、カリフォルニア州サンフランシスコ市のエシカルな取り組みを取材!エシカ編集部と共にサステナブルな...
【ethica Traveler】連載企画Vol.2 宇賀なつみ (第1章)サンフランシスコ国際空港
独自記事 【 2024/1/31 】 Work & Study
「私によくて、世界にイイ。」をコンセプトに2013年に創刊した『ethica(エシカ)』では、10周年を迎える節目にあたり、エシカルでサステナブルな世界観、ライフスタイルをリアルに『感動体験』する場を特集しています。 今回は、カリフォルニア州サンフランシスコ市のエシカルな取り組みを取材!エシカ編集部と共にサステナブルな...
【ethica Traveler】連載企画Vol.1 宇賀なつみ サンフランシスコ編(序章)   
独自記事 【 2024/1/24 】 Work & Study
「私によくて、世界にイイ。」をコンセプトに2013年に創刊した『ethica(エシカ)』では、10周年を迎える節目にあたり、エシカルでサステナブルな世界観、ライフスタイルをリアルに『感動体験』する場を特集しています。  今回は、カリフォルニア州サンフランシスコ市のエシカルな取り組みを取材!エシカ編集部と共にサステナブル...
【Earth Day】フランス商工会議所で開催するイベントにてethica編集部が基調講演
イベント 【 2023/4/3 】 Work & Study
来たる4月22日は「アースデイ(地球の日)」地球環境を守る意思を込めた国際的な記念日です。1970年にアメリカで誕生したこの記念日は、当時アメリカ上院議員だったD・ネルソンの「環境の日が必要だ」という発言に呼応し、ひとりの学生が『地球の日』を作ろうと呼びかけたことがきっかけでした。代表や規則のないアースデイでは、国籍や...
トランスメディア方式による新しい物語~『サステナブルな旅へようこそ!――心と身体、肌をクリーンビューティーに整える』(序章)と(第1章)の見どころを紹介!~
独自記事 【 2023/8/17 】 Health & Beauty
エシカではメディアを横断(トランス)するトランスメディア方式を採用し、読者の方とより深くつながる体験を展開しています。今回は、「サステナブルな旅へようこそ!――心と身体、肌をクリーンビューティーに整える」の序章と第1章についてのあらすじと見どころをお届け!(記者:エシカちゃん)
トランスメディア方式による新しい物語~『サステナブルな旅へようこそ!――心と身体、肌をクリーンビューティーに整える』(第2章)と(第3章)の見どころを紹介!~
独自記事 【 2023/8/24 】 Health & Beauty
エシカではメディアを横断(トランス)するトランスメディア方式を採用し、読者の方とより深くつながる体験を展開中。さまざまなメディアから少しずつ情報を得、それをパズルのように組み合わせてひとつのストーリーを見出す、新しいメディア体験です。 今回は、前回に引き続き、「サステナブルな旅へようこそ!――心と身体、肌をクリーンビュ...
テーマは、ナチュラルモダン『自立した女性』に向けたインナーウェア デザイナー石山麻子さん
独自記事 【 2022/9/19 】 Fashion
株式会社ワコールが展開する、人にも自然にもやさしいを目指すインナーウェアライン「ナチュレクチュール」。オーガニックコットン100%のラインアップが注目を集め、肌あたりやシルエットの美しさが話題になっています。その期待に応える形で、今年9月に新作グループも加わりました。やさしさを突き詰めた製品は、どのような想いや経緯から...
幸せや喜びを感じながら生きること 国木田彩良
独自記事 【 2021/11/22 】 Fashion
ファッションの世界では「サステナブル」「エシカル」が重要なキーワードとして語られるようになった。とはいえ、その前提として、身にまとうものは優しい着心地にこだわりたい。ヨーロッパと日本にルーツを持ち、モデルとして活躍する国木田彩良さんに「やさしい世界を、身に着ける。」をテーマにお話を聞いた。
[連載企画]冨永愛 自分に、誰かに、世界にーー美しく生きる。 【Prologue】
独自記事 【 2021/3/1 】 Health & Beauty
20年以上、トップモデルとして活躍。究極の美の世界で生きてきた冨永愛さん。ランウェイを歩くその一瞬のために、美を磨き続けてきた。それは、外見だけではない。生き方、生き様をも投影する内側からの輝きがなければ、人々を魅了することはできない。「美しい人」冨永愛さんが語る、「“私(美容・健康)に良くて、世界(環境・社会)にイイ...
水原希子×大谷賢太郎(エシカ編集長)対談
独自記事 【 2020/12/7 】 Fashion
ファッションモデル、女優、さらには自らが立ち上げたブランド「OK」のデザイナーとさまざまなシーンで大活躍している水原希子さん。インスタグラムで国内上位のフォロワー数を誇る、女性にとって憧れの存在であるとともに、その動向から目が離せない存在でもあります。今回はその水原さんに「ethica」編集長・大谷賢太郎がインタビュー...
[連載企画]冨永愛 自分に、誰かに、世界にーー美しく生きる。 【chapter1-1】
独自記事 【 2021/3/29 】 Health & Beauty
ファッションデザイナーが描く世界を表現するモデルは、まさに時代を映し出す美の象徴だ。冨永愛さんは移り変わりの激しいファッション界で、20年以上にわたり唯一無二の存在感を放ち続ける。年齢とともに磨きがかかる美しさの理由、それは、日々のたゆまぬ努力。  美しいひとが語る「モデル」とは?
モデルのマリエが「好きなことを仕事にする」まで 【編集長対談・前編】
独自記事 【 2018/12/24 】 Fashion
昨年6月、自身のファッションブランドを起ち上げたモデル・タレントのマリエさん。新ブランド「PASCAL MARIE DESMARAIS(パスカルマリエデマレ、以下PMD)」のプレゼンテーションでは、環境に配慮し無駄を省いた、長く愛用できるプロダクトを提案していくと語りました。そして今年9月、ファッションとデザインの合同...
国木田彩良−It can be changed. 未来は変えられる【Prologue】
独自記事 【 2020/4/6 】 Fashion
匂い立つような気品と、どこか物憂げな表情……。近年ファッション誌を中心に、さまざまなメディアで多くの人を魅了しているクールビューティー、モデルの国木田彩良(くにきだ・さいら)さん。グラビアの中では一種近寄りがたい雰囲気を醸し出す彼女ですが、実際にお会いしてお話すると、とても気さくで、胸の内に熱いパッションを秘めた方だと...
東京マラソンと東レがつくる、新しい未来
独自記事 【 2022/5/2 】 Fashion
2022年3月6日(日)に開催された東京マラソン2021では、サステナブルな取り組みが展開されました。なかでも注目を集めたのが、東レ株式会社(以下、東レ)によるアップサイクルのプロジェクトです。東レのブランド「&+®」の試みとして、大会で使用されたペットボトルを2年後のボランティアウェアにアップサイクルするとい...

次の記事

春の訪れを感じる色鮮やかで洗練された香りのホワイトデーギフト VALENTINE'S DAY&WHITE DAY 2015プレス向け発表会レポート 英国発フレッシュハンドメイドコスメLUSH(ラッシュ)
京都の地産地消を、東京で体験する 『京の宴』をホテル椿山荘で、2月27日(金)に一夜限定で開催

前の記事

スマホのホーム画面に追加すれば
いつでもethicaに簡単アクセスできます