1962年、イギリス・リヴァプールで誕生した伝説のバンド「ビートルズ」。そのメンバーとして数多くの名曲を世に送り出したのがジョン・レノンです。1980年12月、40歳の若さで凶弾に倒れてから35年が経った今でも、ジョンは世界中の人々に愛され、影響を与え続けています。
そのジョンのトリビュート・ショーとしてアメリカやイギリス、オーストラリアなど世界各国で絶賛された「レノン」がいよいよ日本初上陸、12月8日から13日まで東京・六本木のEXシアター六本木で上演されることになりました。
1962年、イギリス・リヴァプールで誕生した伝説のバンド「ビートルズ」。そのメンバーとして数多くの名曲を世に送り出したのがジョン・レノンです。1980年12月、40歳の若さで凶弾に倒れてから35年が経った今でも、ジョンは世界中の人々に愛され、影響を与え続けています。
そのジョンのトリビュート・ショーとしてアメリカやイギリス、オーストラリアなど世界各国で絶賛された「レノン」がいよいよ日本初上陸、12月8日から13日まで東京・六本木のEXシアター六本木で上演されることになりました。
「レノン」はジョン・ウォーターズ(ボーカル&ギター)とスチュワート・ダリエッタ(ボーカル&ピアノ)の2人によって繰り広げられるステージです。
そこではジョンの楽曲の数々を紹介しながら、ポール・マッカートニーとの確執、インドの思想家マハリシ・マヘシ・ヨギへの傾倒、ビートルズの解散、オノ・ヨーコとの出会いと彼女とともに行った数々の平和活動など、ジョンの人生についてウォーターズは一人称で語ります。
それはニューヨーク・タイムズ紙が「ジョン・レノンの人生を深く顧みる、一瞬一瞬を大切に味わうステージ」と評した、観る者の心を深く揺さぶる、ジョンの魂が蘇えるステージ。ファンならずとも必見といえるでしょう。
ジョン・ウォーターズ(ボーカル&ギター)
スチュワート・ダリエッタ(ボーカル&ピアノ)
世界のスーパースターで、ジョン・レノンほど日本を愛し、日本に影響を受けたアーティストはいません。
例えば、1970年に発表された、ビートルズ解散後の初のソロアルバム「ジョンの魂」は俳句の影響を強く受けた作品といわれています。事実、同アルバム発表直後の1971年1月に来日した際、ジョン自身もインタビューに答えて、
「俳句は、僕が今まで読んだ詩の形式の中で最も美しいものだ。 僕の作品は今後、より短く、そして、より簡潔になっていくだろう」
とのコメントを残しています。
また、京都・嵯峨野の旅館にヨーコとお忍びで泊まった時、ジョンは色紙に、
On a long spring day echoes heard in corner of Kyoto
という英語の俳句を残しています。
これは与謝蕪村の作品「遅き日や 谺(こだま)聞こゆる 京の隅」をジョン自身が英訳したもの。日本人でもなかなか知らない俳句をジョンが知っていたということだけでも、俳句に対するジョンの造詣の深さがうかがえるようです。
一時はドラッグに溺れたジョンが立ち直り、その後「Love&Peace」、「愛と平和」を掲げて活動した背景には、ジョンが日本から学んだ精神や文化、日本の心が影響していたのかもしれません
最愛の妻オノ・ヨーコと結婚した後、ジョンはたびたび日本を訪れ、特に1977年から79年にかけてはヨーコ、息子のショーンとともに東京や京都、さらには小野家の別荘があった軽井沢で日本を満喫しています。
その時のジョンの足跡を今も大事にしているところがあります。
東京・東銀座の喫茶店「樹の花」に突然、ジョン&ヨーコ夫妻が来店したのは同店オープンの4日目、79年8月20日のことでした。息子ショーンが映画を観ている間、2人での時間を過ごすために、たまたま同店を訪れたのでした。
ジョンはコーヒー、ヨーコは紅茶を飲みながら静かに語り合っていたそうです。店の入り口には2人のサインが飾られ、その時座った席も当時のままに保存され、今でもファンの人たちがジョンを偲んで来店しています。
軽井沢では、当地を代表するクラシックホテル「万平ホテル」がジョンのお気に入りの場所でした。ジョンはしばしばここを訪れ、ジョンの希望で作られた、当時メニューにはなかったロイヤルミルクティを飲みながら、カフェテラスで寛いでいたそうです。
ホテル内にはジョンが弾き、欲しがったといわれるレトロなピアノが今も残されています。当時ジョン一家が滞在していたのはアルプス館128号室。つねに予約でいっぱいですが、ファンなら一度は泊まってみたいものです。
「レノン」のチケットは全席指定で7500円(税込・未就学児入場不可)。6月30日から発売が開始されます。
問い合わせはキョードー東京0570・550・799(平日11時~18時・土日祝10時~18時)へ。
■web受付はこちら
http://lennon2015.jp
記者 清水 一利(しみずかずとし)
1955年千葉県市川市生まれ。明治大学文学部(史学地理学科日本史専攻)を卒業後、1979年、株式会社電通PRセンター(現・株式会社電通パブリックリレーションズ)に入社。クライアント各社のパブリシティ業務、PRイベントの企画・運営などに携わる。1986年、同社退社後、1987年、編集プロダクション・フリークスを主宰。新聞、雑誌(週刊誌・月刊誌)およびPR誌・一般書籍の企画・取材・執筆活動に従事。2012年「フラガール3.11~つながる絆」(講談社)、2013年「SOS!500人を救え~3.11石巻市立病院の5日間」(三一書房)を刊行。
私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)〜
http://www.ethica.jp
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