読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第3章:食から考える豊かさ編(第4節)
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読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第3章:食から考える豊かさ編(第4節)

新企画「あなたにとってウェルビーイングとは何か」を担当します永島郁哉と申します。早稲田大学で社会学を学びながら、休日には古着屋に行ったり小説を書いたりします。

この連載は、ストレス社会に生きる私たちが、ふと立ち止まって「豊かさ」について考えるきっかけとなる、ささいな休憩所のようなものです。皆さんと一緒に、当たり前だと思っていた価値観を一つ一つほどいていく作業が出来たらと思います。

第3章は「食から考える豊かさ」と題して、全四節にわたりお送りします。食とのつながりをヒントに、皆さんと共にウェルビーイングについて考えていけたらと思います。

第3章 食から考える豊かさ

第4節 ダルバートカレー

「カレーは毎日食べても飽きない」

小さい頃は本当にそう思っていました。夕飯にカレーが出た日は、「カレーの残りもの」がいつまでも続けばいいのにと思っていたほどです。朝はカレーパン、昼はカレーうどん、夜はカレーライスとバリエーションがあれば飽きることもないと、本気で信じていました。ただ、それをたった1週間でも実践するには、大きな鍋で作り置きしておくか、毎日作るかしかなく、そんな無理を母に言うことは出来ませんでした。

ところが数年前、突然そのチャンスを掴みました。場所は我が家ではなく、ネパール。期間は2週間です。小さい頃の夢が遂に叶う!というよりかは、小さい頃の自分が間違っていたことを確認する、つまり「毎日カレーなんて絶対飽きる」という心構えでネパールの地に足を踏み入れました。

ダルバートカレー

初日の夕食で出てきたのが、ダルバートカレー。ダルとは豆をつぶしたスープのことで、バートとはライスです。一つの皿にライスといくつかの野菜、ダル、カレーが乗ったプレート料理です。食べるときは全てかき混ぜて食べるらしく、スープもカレーも全て米と絡めて食べます。カレーに強い香りがついているので、ダル自体の味付けは薄め。日本のインド・ネパール料理店のようなカレーを想像していた私は、その全く新しいカレー料理に舌鼓を打ちました。

そして翌朝、朝食として出てきたのはダルバートカレー。やっぱりかと思いつつ、まだ2食目ですから飽きる気配はありません。昼食もやっぱりダルバートカレー。プレートに乗っている野菜のバリエーションは少し違いますが、基本的には同じです。もちろん夕食もダルバートカレー。その日はカレーの中に骨付きチキンが入っていました。それでもカレーはカレーです。3日くらいは何の問題もなく行けるかと思っていましたが、それは「カレーパン」や「カレーうどん」のように料理にもバリエーションがあると踏んでいたからでした。ところがこうも4食連続ダルバートカレーとなると、話は別です。ひとまず翌朝に期待しようと思い、その日のダルバートカレーも平らげました(味はとても美味しい)。

迎えた翌朝出てきたのは、ダルバートカレー、ではなく小麦粉の生地を焼いたナンのようなもの。救われたと思ったと同時に、そう思ってしまった自分はカレーとの戦いに敗れたのだと悟りました。その生地の甘味を嚙みしめながら、幼心に抱いた毎日カレーの幻想の愚鈍さをひしひしと感じました。と、同時に私は気づきます。たとえ私がカレーとの戦いに負けたとしても、旅は続くのだということに。つまりそれでもカレーはこれから毎日出てくるのです。

ナンのような生地とゆで卵

そうなると作戦を練るしかありません。どうすれば毎日カレーを食べられるかを私は真剣に考えました。そこで最後に思いついた案が、心理作戦です。つまり、「これはカレーでもさっきのカレーとは全く違う味がする」と自分を騙すことで、毎回異なる料理を食べていると錯覚させるのです。そしてこれが大成功。私は2週間のダルバートカレー生活を無事終えたのです。

ダルバートカレー(2)

さらに、この作戦には思いがけない大発見がありました。それは「錯覚」がいつしか「現実」になっていたことです。すなわち、「毎回違う味がする」というのは、自分を納得させるための単なる嘘、虚構なのではなく、現実の味の違いとして知覚出来るようになったのです。ダルバートカレーは一つの料理ではなく、料理のジャンルを表す総称です。豆のスープにも、野菜にも、カレーにもそれぞれ多様な具材が使われて、さまざまに味付けされているということです。

ダルバートカレーをただの料理と思ってしまうことは、日本で「定食」を一つの料理と見なしてしまうことほど馬鹿げています。定食に、サバの味噌煮、生姜焼き、アジフライなどあるように、ダルバートカレーにもまた沢山の種類が、地域や家庭によってあるのです。カレーをたった一つの料理と見なして、飽きる/飽きないの判断を下そうとしていた自分の浅はかさを感じると共に、ネパールの食文化に一歩入り込むことが出来たと思った瞬間でした。

日々の食事により多くの注意を払うことによって、食文化に深く多様な形を見出すことが出来ます。これは異国の文化を理解することだけに限らず、普段自分が口にする料理であっても、同じでしょう。目の前の食事に、どんな素材やスパイスが使われているのか。立ち止まって少し考えてみると、単調だと思っていた日々に変化の富んだ風景が見えてくるかもしれません。些細な物事を拾っていく作業が、ビーイング(生きていくこと)にウェルネス(幸せ)をもたらすのです。

火を囲んで取る食事は格別

今回の連載は如何でしたでしょうか。バックナンバーはこちらからご覧頂けます。

[読者対話型連載]あなたにとってウェルビーイングとは何か

永島郁哉

1998年生まれ。早稲田大学で社会学を学ぶ傍ら、国際学生交流活動に携わる。2019年に公益財団法人イオン環境財団主催「アジア学生交流環境フォーラム ASEP2019」に参加し、アジア10カ国の学生と環境問題に取り組んだ他、一般社団法人アジア教育交流研究機構(AAEE)では学生スーパーバイザーを務め、ベトナムやネパールでの国際交流プログラム企画・運営を行っている。2019年9月より6か月間ドイツ・ベルリン大学に留学。

——Backstage from “ethica”——

今回の連載は、読者対話型の連載企画となります。

連載の読者と、執筆者の永島さんがオンラインオフ会(ZOOM)で対話をし、次の連載の話題や企画につなげ、さらにその連載を読んだ方が、オンラインオフ会に参加する。

という形で、読者との交流の場に育てていければと思います。

ご興味のある方は、ethica編集部の公式Facebookのメッセージから、ご応募ください。
https://www.facebook.com/ethica.jp

抽選の上、次回のオンラインオフ会への参加案内を致します。

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

ethica編集部

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