読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第5章:フリータイムの哲学編(第3節)
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読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第5章:フリータイムの哲学編(第3節)

ヒマラヤ山脈

新企画「あなたにとってウェルビーイングとは何か」を担当します永島郁哉と申します。早稲田大学で社会学を学びながら、休日には古着屋に行ったり小説を書いたりします。

 

この連載は、ストレス社会に生きる私たちが、ふと立ち止まって「豊かさ」について考えるきっかけとなる、ささいな休憩所のようなものです。皆さんと一緒に、当たり前だと思っていた価値観を一つ一つほどいていく作業が出来たらと思います。

 

第5章は「フリータイムの哲学」と題して、全5節にわたりお送りします。東南アジア各国それぞれに、フリータイムをめぐる哲学があります。それらを基に、皆さんと共にウェルビーイングについて考えていけたらと思います。

第5章 フリータイムの哲学

第3節 素敵なバスガイド

移動時間の過ごし方は人それぞれです。私は通学の時に電車で本を読みますが、本を忘れてしまった日には一体何をして過ごせばよいかわからなくなってしまって、落ち着かなくなります。そういう日は大体、ポッドキャストを聴いて誤魔化しています。ちなみに私のお気に入りは「A Hot Dog Is a Sandwich」。食べ物に関するとりとめもない話を永遠と聞きながら、雑念からの解放を目指しています。

 

そんな今回のトピックは、移動時間に関する哲学。ネパールでは車移動が多く、山道を5時間も6時間も走っていることが多かったのですが、車内での過ごし方が今でも強烈に印象に残っているので、是非共有したいと思います。

出発前

車移動が窮屈で苦手な私ですが、ネパールのそれはそれまで経験したどの長距離移動よりも窮屈でした。バスというにはあまりに頼りない小さなバンは、限界まで体を折りたたんでも膝が前の座席当たってしまうような狭さで、10人弱が押し込まれるには明らかに定員オーバーでした。幸い同乗したのは、皆同じプログラムに参加していた日本とネパールの学生だったので、特に気を張っている必要もなかったのですが、隣の人と肩を密着させている状態ではリラックスするのは到底無理で、車に酔いやすい私にとっては絶望に似たものを感じました。とにかく、私に残された選択肢は、外を見つめながら、時間がすぎるのを待つのみでした。

 

乗車して10分が経ち、20分が経ち、体も痛くなって来る頃には、都市部をとっくに抜けて、山と白土の世界が広がっていました。すると突然、ネパールの学生の一人が「何か楽しいことをしようよ!」と皆に提案しました。その学生はとにかく退屈だったようで、返答を待つまでもなく、即席のカラオケ大会を一人でに初めてしまいました。なんとも強引だなと思いつつも、私自身も変わり映えしない景色ばかり見ているよりはマシだと思い、手拍子で参加します。

 

気付けばその後、彼女は一人で何曲も歌い、しかもどの瞬間を切り取ってもとても幸せそうなのです。最初こそ付き合いのつもりで手拍子していた私も気付けばそれにフルコミットで、車内はいつのまにか宴会会場のような盛り上がり。今思えば、打ち上げの2次会よりもあったまっていたような気がします。その後は、「何か日本の歌を教えて!」というリクエストに応えて、ドラえもんや嵐の歌を歌ったり、逆にネパールの有名な歌を一緒に覚えたりもしました。その時点で、私は体の痛みなど既に感じなくなっており、もはや自分たちは移動しているという感覚すらなくなっていました。

街のガソリンスタンド

実はこの「移動していないという感覚」はとても貴重なものです。近代化はある意味では身体能力の拡張と言われてきました。AIが人類の頭脳の拡張であることはもちろんですが、飛行機や新幹線、車の移動も、本来は徒歩という人間の基本能力を拡張したものです。そうして、人類は移動時間を短縮し、移動の効率性を高めてきたのです。一方でここには避けられないパラドックスがあります。つまり、移動時間を短縮しようとすればするほど、1分、1秒がとても長く感じてしまうのです。30分かかるはずの移動に、35分かかってしまうことが許せない、ということを誰でも体験しているはずです。電車が遅れて1限に間に合わないとなれば、憤慨ものです。

 

社会学的では1分1秒と私達が数えているものを「時計時間」、それに対して私達が心の中で感じる「長い」「短い」という感覚的な時間を「主観的時間」と言いますが、移動に関しては、時計時間の縮小は同時に主観的時間の拡大を引き起こします。ところが私が体験したのは、1時間が10分のように感じてしまう、主観的時間の縮小です。私が経験したのは、「移動時間がずっと続いて欲しい」という不思議な感覚なのです。

 

もちろん、「この時間がずっと続いて欲しい」という感覚は誰にでもあります。美味しい食べ物を食べているとき、ゲームに興じているときなど、数時間が一瞬に感じて、寂しくなることがあります。ところが移動時間に関しては、この感覚を感じることは稀でしょう。誰でも目的地には早く着きたいし、肩に隣の人の体温を感じていたくはありません。

 

私にとって、あの車移動は「移動時間」というものが消滅した瞬間でした。移動という退屈な時間を、濃密な満足感にひたされた時間に変えてしまった、ネパールの学生に全く脱帽してしまいます。私はあの時間に、何か純粋で原初的な体験をしたような気がしています。

 

時間というのは、伸ばしたり縮めたりできます。どうやら時間をめぐる哲学には、そうした変形可能性がとても深く関わっているようです。

ネパールの車窓

今回の連載は如何でしたでしょうか。バックナンバーはこちらからご覧頂けます。

[読者対話型連載]あなたにとってウェルビーイングとは何か

永島郁哉

1998年生まれ。早稲田大学で社会学を学ぶ傍ら、国際学生交流活動に携わる。2019年に公益財団法人イオン環境財団主催「アジア学生交流環境フォーラム ASEP2019」に参加し、アジア10カ国の学生と環境問題に取り組んだ他、一般社団法人アジア教育交流研究機構(AAEE)では学生スーパーバイザーを務め、ベトナムやネパールでの国際交流プログラム企画・運営を行っている。2019年9月より6か月間ドイツ・ベルリン大学に留学。

——Backstage from “ethica”——

今回の連載は、読者対話型の連載企画となります。

連載の読者と、執筆者の永島さんがオンラインオフ会(ZOOM)で対話をし、次の連載の話題や企画につなげ、さらにその連載を読んだ方が、オンラインオフ会に参加する。

という形で、読者との交流の場に育てていければと思います。

ご興味のある方は、ethica編集部の公式Facebookのメッセージから、ご応募ください。

https://www.facebook.com/ethica.jp

抽選の上、次回のオンラインオフ会への参加案内を致します。

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

ethica編集部

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