読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第9章:人が去るということ(第5節)
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読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第9章:人が去るということ(第5節)

新企画「あなたにとってウェルビーイングとは何か」を担当します永島郁哉と申します。早稲田大学大学院で社会学を研究しながら、休日には古着屋に行ったり小説を書いたりします。

この連載は、ストレス社会に生きる私たちが、ふと立ち止まって「豊かさ」について考えるきっかけとなる、ささいな休憩所のようなものです。皆さんと一緒に、当たり前だと思っていた価値観を一つ一つほどいていく作業が出来たらと思います。

第9章は「人が去るということ」と題してお送りします。

第9章 人が去るということ

第5節 「痛み」を再検討する

これまで、友人との対話を通して、「人が去ることの痛み」を解剖してきました。誰かが私の前から去るとき、私の中に生じる痛みは、むしろその別れを楽観的なものに保つ原動力なのでした。その痛みによって、私は「確かにその相手と愛らしい記憶を共有した」という事実を、この手に感じることができるのです。

「ああ、これでハッピーエンド」としたいところですが、ここではあえてその痛みを違った視点で検討したいと思います。つまり、社会学の問いの範疇で考えていくと、この「痛み」を無批判に受け入れることの問題性もまた見えてくるのです。私はイントロで、この一連の連載を「それを和らげることはしないまでも、輪郭を掴む機会となる」としました。私は痛みの正体を自分なりに明らかにしましたが、一方でその行為を読者に強要したくはないと考えています。読者自身には「痛み」を解剖する前に、社会学を通してその存在自体を疑うところから始めて欲しいと考えているのです。

一度立ち止まってみる

人間関係が即物的になっていることを指摘した人物に、イギリスの社会学者、ジグムント・バウマンがいます。彼は、「リキッド・モダニティ(液状化した近代)」という概念を示したことで有名です。リキッド・モダニティとは、「ソリッド・モダニティ(堅固な近代)」との対比で用いられる言葉で、近代の段階性を示しています。近代はもともと、伝統的構造からの解放を意味し、伝統社会に代わった社会秩序はそれ自体堅固なものでした。つまり、Aという堅固なものを否定するために、Bという堅固なものを打ち立てたのが、近代化の初期段階=ソリッド・モダニティだったのです。しかし今日、その堅固なものさえ、不安定で流動的になっています。例えば、親が農家なら子も農家になることが普通だった伝統社会から、ソリッド・モダニティで企業と雇用関係を結ぶことが一般化したことにより、職業選択の自由が加速しました。ところが、リキッド・モダニティの時代に入ると、雇用関係の不安定化、すなわち、非正規雇用や、契約社員が増加し、人々は生活を安定させることが難しくなったのです。

私たちが生きる現在は、まさにリキッド・モダニティですが、そこでの特徴として「消費社会の拡張」があります。バウマンは、毎週新商品が登場するような現在の市場のあり方を、「即席の満足」を求める社会だと言い、人々は何かに飽きると直ぐにそれを捨て、別のものを追い求めると指摘しています。さらに、それは商品に限らず、人間関係にも拡張され得る、と言うのです。

飽きたら、他の人に乗り換える。一緒にいて楽しい人を、そのときそのときで取捨選択していく。バウマンは、そうした即物的な人間関係に批判的です。その批判の背景にあるのは、人々が何にも頼ることなく生きていくこと(=個人化 individualization)に対する危機感です。もし人が自己決定を強いられるとき、彼らは否応なく、その結果を受け入れることを強要されます。世の中には、もちろんその人が選びたくてそうしたわけではないこと(社会学ではこれを「構造的問題」と言います)が山ほどあるのに、その全てが個人に帰せられてしまうと、全ての苦しみは「個人的なもの」「個人が努力して解決すべきもの」とされてしまいます。全てのものごとは「自己責任」となり、人々は抗えない問題を前に孤独になってしまうのです。

消費社会の中で

さて、これを「痛み」の議論に適応させてみると、次のことが言えます。すなわち、私の感じていた「痛み」は、私自身が個人的に解決しなければならない問題であり、その痛みによって、たとえ鬱状態に陥っても、それはきちんと問題に対処できなかった自分の責任である、と。

私は友人との対話で、その「痛み」を自分の力で解決したように見えます。でも、私のように良い解釈に辿り着けなかったらどうでしょうか。個々人が抱える「痛み」は、それぞれが友人との対話を通して解決しなければならないとして、一体どれほどの人が、そこに私と同じだけのエネルギーをつぎ込むことができるでしょうか。

そのように考えると、私は「痛み」を持つ個人に対して、「あなたも友人に連絡を取ってみて、自分でその痛みを解決してみてください」とは言えません。これは、「ウェルビーイング」という言葉そのものにも言える議論です。すなわち、ウェルビーイングの達成を、個人的な取り組みだけに求めてしまうことは、構造的な問題を意図的に無視することになりかねません。

このように考えてみよう!

こういう行動をしてみよう!

そうして人々に幸せへの道筋を示すことは、「それは個人の力で解決されるべきものだ」と、責任を個人に転嫁することになり得ます。

私がこの連載で、「痛み」を解剖したのは、一見「個人的な解決」に感じられるかもしれません。しかし、私はむしろそのプロセスをここで共有することによって、痛みを「社会問題化」しようと試みていました。すなわち、私がここで読者に望んでいたことは、決して「このように考えると痛みから解放される」という解決方法の習得ではなく、「永島郁哉」という一人の人間がそのような行動を取ったり、そのように解釈したことの背景を想像することなのです。それこそがまさに、この連載が当初から掲げていた「社会学的想像力」です。

つまるところ、「人間関係の持続可能性に悩める人々」のために書いてきた今回の記事は、人間関係の持続可能性に悩める人々から、その悩みを取り去って、社会の側に帰せる(社会問題として考える)ためなのでした。皆さんは、今、どう考えるでしょうか?

どこから来て、どこへ向かうのかを想像する

今回の連載は如何でしたでしょうか。バックナンバーはこちらからご覧頂けます。

[読者対話型連載]あなたにとってウェルビーイングとは何か

永島郁哉

1998年生まれ。早稲田大学で社会学を学ぶ傍ら、国際学生交流活動に携わる。2019年に公益財団法人イオン環境財団主催「アジア学生交流環境フォーラム ASEP2019」に参加し、アジア10カ国の学生と環境問題に取り組んだ他、一般社団法人アジア教育交流研究機構(AAEE)では学生スーパーバイザーを務め、ベトナムやネパールでの国際交流プログラム企画・運営を行っている。2019年9月より6か月間ドイツ・ベルリン大学に留学。

——Backstage from “ethica”——

今回の連載は、読者対話型の連載企画となります。

連載の読者と、執筆者の永島さんがオンラインオフ会(ZOOM)で対話をし、次の連載の話題や企画につなげ、さらにその連載を読んだ方が、オンラインオフ会に参加する。という形で、読者との交流の場に育てていければと思います。

ご興味のある方は、ethica編集部の公式Facebookのメッセージから、ご応募ください。

https://www.facebook.com/ethica.jp

抽選の上、次回のオンラインオフ会への参加案内を致します。

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
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