新企画「あなたにとってウェルビーイングとは何か」を担当します永島郁哉と申します。早稲田大学大学院で社会学を研究しながら、休日には古着屋に行ったり小説を書いたりします。
この連載は、ストレス社会に生きる私たちが、ふと立ち止まって「豊かさ」について考えるきっかけとなる、ささいな休憩所のようなものです。皆さんと一緒に、当たり前だと思っていた価値観を一つ一つほどいていく作業が出来たらと思います。
新企画「あなたにとってウェルビーイングとは何か」を担当します永島郁哉と申します。早稲田大学大学院で社会学を研究しながら、休日には古着屋に行ったり小説を書いたりします。
この連載は、ストレス社会に生きる私たちが、ふと立ち止まって「豊かさ」について考えるきっかけとなる、ささいな休憩所のようなものです。皆さんと一緒に、当たり前だと思っていた価値観を一つ一つほどいていく作業が出来たらと思います。
雨は、ある意味では、誰の上にも等しく降るわけですが、少し視野を広げてみると、世の中には雨の降る地域と降らない地域があることに気付きます。雨の降らない地域に暮らす人々にとって、雨は文字通り「恵みの雨」。今回エピソードを紹介してくれた読者の方は、雨の少ない地域出身だそうで、彼女のストーリーには独特の価値観が垣間見えます。
私の故郷は、雨のあまり降らない地域です。そこで暮らす人々にとって、雨は望んでも手に入らないもので、ひとたび雨が降れば、皆大喜びするのです。私の家族も、友人も、誰だって雨を見て笑顔になります。
そんな環境で、私は一人違っていました。どうしても雨というものが好きになれなかったのです。雨がお天道様からの恵みだとか、貴重な自然の資源だとか、そういうことはわかっています。でも、どういうわけか、空からお水が降ってきて、辺り一面を濡らしてしまうことに、「身勝手さ」みたいなものを感じてしまうのです。だから、雨が降るたび、私は気分が落ち込んでいました。
もし空の上に、天気をつかさどる存在があって、人々の日常を空の上から見守っているとすれば、私はもっと一思いにやってほしい、と思っていました。つまり、わざわざ思いついたように私たちの頭上に雨を降らさなくてもいいんじゃないか、ずっと晴れにしておいてくれと、そう思ったのです。
とある日、久しぶりに雨が降りました。
私はそのとき、居間のソファーで横になって、午後の気持ちいい陽気を楽しんでいました。周りの世界全体がまどろんでいくような感覚がし、温かい日差しの中でウトウトし始めたころ、不意に空が暗くなりました。私はなんだか嫌な予感がしました。悲劇が起こる前触れに黒猫が目の前を横切ったような、そんな感覚がしていたのです。
すると遠くから紙をこすり合わせるような音が聞えてきました。規則正しく、途切れのない、甲高い音です。そのうち、それはこちらに近づいてきました。同時に、周波数が下がり、また音の輪郭がはっきりとしてきます。ふと庭に目を向けると、花々が水滴に揺らされているのが見えました。地面には小さな染みがいくつもありました。「雨だ」と思いました。すると次の瞬間、大粒の雨が一気に降り注ぎ始めたのです。ものすごい音のせいで、私の眠気はすっかり吹き飛びました。
近くにいた母親に目を向けると、彼女は窓に顔を近づけて笑っていました。「久しぶりね」彼女はそう言いました。その声には嬉しさが混じっていました。私は少しだけイライラしながら、「私は雨が嫌い。だって、気分が落ち込むもの」と言いました。すると、彼女はこう言ったのです。
「お空にだって気分があるのよ。あなたが今落ち込んでるみたいにね。だから、何でもあなたの好きなように考えるんじゃなくて、お空にもちょっと休みをあげなくちゃね」
今思えば、彼女は皮肉っぽくそう言ったのかもしれません。でも、そのときは、不思議とその言葉が私を励ましました。そっか、お空も好き勝手に雨を降らせたりするんじゃなくて、私たちと同じように、笑ったり、怒ったり、悲しんだりする中で、それが雨となって私たちを濡らすんだ。そう思ったのです。
それから、私は雨で落ち込むことはなくなりました。それから雨のたくさん降る地域に引っ越したりしましたが、それでも私は決して雨を嫌いになることはありませんでした。私は今でも、雨に関する考え方をまるっきり変えてくれた母に感謝しています。
雨と人の関係。雨と場所の関係。その独特の様相が生き生きと見えてきます。彼女の雨とのコミュニケーションは、どこか私たち自身のウェルビーイングとも関わっているような気がします。すなわち、他者の感情を推し量ること、共感すること、それによって自分自身の感情と上手く付き合うことを可能にするコミュニケーションの形です。
雨と上手く付き合う方法は、空の擬人化なのかもしれません。
今回の連載は如何でしたでしょうか。バックナンバーはこちらからご覧頂けます。
永島郁哉
1998年生まれ。早稲田大学で社会学を学ぶ傍ら、国際学生交流活動に携わる。2019年に公益財団法人イオン環境財団主催「アジア学生交流環境フォーラム ASEP2019」に参加し、アジア10カ国の学生と環境問題に取り組んだ他、一般社団法人アジア教育交流研究機構(AAEE)では学生スーパーバイザーを務め、ベトナムやネパールでの国際交流プログラム企画・運営を行っている。2019年9月より6か月間ドイツ・ベルリン大学に留学。
——Backstage from “ethica”——
今回の連載は、読者対話型の連載企画となります。
連載の読者と、執筆者の永島さんがオンラインオフ会(ZOOM)で対話をし、次の連載の話題や企画につなげ、さらにその連載を読んだ方が、オンラインオフ会に参加する。という形で、読者との交流の場に育てていければと思います。
ご興味のある方は、ethica編集部の公式Facebookのメッセージから、ご応募ください。
https://www.facebook.com/ethica.jp
抽選の上、次回のオンラインオフ会への参加案内を致します。
私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp
いいねしてethicaの最新記事をチェック
フォローしてethicaの最新情報をチェック
チャンネル登録して、ethica TVを視聴しよう
スマホのホーム画面に追加すれば
いつでもethicaに簡単アクセスできます