読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第12章:アリストテレスとわたし(第1節)
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読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第12章:アリストテレスとわたし(第1節)

新企画「あなたにとってウェルビーイングとは何か」を担当します永島郁哉と申します。早稲田大学大学院で社会学を研究しながら、休日には古着屋に行ったり小説を書いたりします。

この連載は、ストレス社会に生きる私たちが、ふと立ち止まって「豊かさ」について考えるきっかけとなる、ささいな休憩所のようなものです。皆さんと一緒に、当たり前だと思っていた価値観を一つ一つほどいていく作業が出来たらと思います。

第12章 アリストテレスとわたし

第1節 2000年前の知の思索『ニコマコス倫理学』

私は今、自室の机に向かいながら、その奥に見える昼下がりの青い空をかすかに視界に捉えています。雲一つない空。セミの声は遠くに流れています。静かな午後、珈琲の香りが漂うこの部屋で静かに呼吸をしていると、時間が分断された目盛りとしてではなく、流れる水のように感じられます。その流れのなかで、源泉のようなものからポコポコと湧いてくる心地よい感情こそ、幸せの一つの形なのだろうと思うわけです。

私は今、『ニコマコス倫理学』を読んでいます。これは、今から2000年以上も前に、偉大な哲学者アリストテレスが残したものです。この本のなかには、「幸せとは何か」が書かれています。この連載では、「ウェルビーイング」という比較的新しい言葉を使ってきましたが、その基本概念は2000年以上も前から議論されてきました。そして、特にこの『ニコマコス倫理学』は、現代においても参照され続ける、全く色褪せない哲学書です。

今回は、そんなアリストテレスの『ニコマコス倫理学』から、わたしたちの生活について少し考えてみたいと思います。そこには、この社会を見直すヒントがあらゆるところに散りばめられているからです。

そもそもアリストテレスは、古代ギリシアの学者です。哲学者としての印象が強いですが、「万学の祖」と言われる通り、生物学や政治学、倫理学、修辞学など多くの研究を行った人物でした。アリストテレスは、その師であるプラトンのつくった学園「アカデメイア」で学び、その後自らの学園「リュケイオン」を創設しました。そこでの講義内容を、息子であるニコマコスがまとめたのが、この『ニコマコス倫理学』というわけです。

当時は今のように「論文を書いて発表する」という習慣はなく、知識は学園で師匠から弟子へ伝達されるものでした。この時代の著作として現在読まれているものの多くは、弟子たちが後年に講義を自らまとめなおしたノートです。アリストテレスの思想なのに、息子のニコマコスの名前がついているのはそのためです。

『ニコマコス倫理学』の最大の焦点は、「人は何のために生きているか」です。そして、答えはもちろん「幸福」です。アリストテレスはこの本のなかで、幸福のある人生を送るために、人はどのような性格を身に付ければ良いか、を論じていると言えます。

実際の本の内容は次回以降に譲りますが、では、わたしたちが今、この本を読む意義は一体どこにあるのでしょうか?

私はそれを「ますます個人化が進む社会のなかで、改めて『社会』というものを考えるため」だという風に考えています。一見すれば、幸福というのは極めて個人的な話のように受け取られがちですが、(のちに見ていくように)それは極めて政治的なものです。ここで言う「政治的」とは、個人だけではなく、共同体全体に関わるものという意味です。しがたって、ニコマコス倫理学で幸福を考えることは、私たちの社会全体を考えることにつながります。

わたしたちはややもすれば、「自分らしい人生/自分だけの人生を送りたい」という欲求に囚われています。それは、社会的なしがらみから解放されて自由に生きるということを意味しますが、一方で、一体何が正解かわからないという絶え間ない不安を個人に着せることにもなります。

良い大学を出て、良い企業に入って、結婚して、家を買って……、という生活が万人の目標ではなくなった今、私たちは砂漠のど真ん中を歩いているような気分になります。しかも、仲間は一人もいません。たった一人でとにかくどこかに向かって歩かなければならない不安と恐怖。

そんな時代に私たちに必要なのは、今一度、「人」ではなく「人々」について考えることではないでしょうか。幸福の形は違えど、私たちは社会全体として幸福のために生きているのだとわかれば、私たちの孤独な旅もいくらか違ったものになるかもしれません。

『ニコマコス倫理学』は、2000年も彼方から、私たちに「人間としての本性=社会」を考えるヒントを与えてくれているのです。では、それは一体どんなものでしょうか? 次回をお楽しみに。

今回の連載は如何でしたでしょうか。バックナンバーはこちらからご覧頂けます。

[読者対話型連載]あなたにとってウェルビーイングとは何か

永島郁哉

1998年生まれ。早稲田大学で社会学を学ぶ傍ら、国際学生交流活動に携わる。2019年に公益財団法人イオン環境財団主催「アジア学生交流環境フォーラム ASEP2019」に参加し、アジア10カ国の学生と環境問題に取り組んだ他、一般社団法人アジア教育交流研究機構(AAEE)では学生スーパーバイザーを務め、ベトナムやネパールでの国際交流プログラム企画・運営を行っている。2019年9月より6か月間ドイツ・ベルリン大学に留学。

——Backstage from “ethica”——

今回の連載は、読者対話型の連載企画となります。

連載の読者と、執筆者の永島さんがオンラインオフ会(ZOOM)で対話をし、次の連載の話題や企画につなげ、さらにその連載を読んだ方が、オンラインオフ会に参加する。という形で、読者との交流の場に育てていければと思います。

ご興味のある方は、ethica編集部の公式Facebookのメッセージから、ご応募ください。

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抽選の上、次回のオンラインオフ会への参加案内を致します。

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ethica編集部

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