(第15話)つくり手になる 【連載】八ヶ岳の「幸せ自然暮らし」
独自記事
このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram
(第15話)つくり手になる 【連載】八ヶ岳の「幸せ自然暮らし」

〜パーマカルチャー(*注)を訪ねて〜

四井さんのお宅の一画にある作業小屋は、小屋というより機械工場という方がふさわしく、ものを作るためのさまざまな道具が揃っている空間です。ペンチや金槌、木工道具などはもちろん、ネジやシャフトなど、あらゆる機械の基本となる部品を作る「汎用旋盤(はんようせんばん)」なるマシーンまであって、この中で家具づくりや農機具の修理、キッチンで使う調理用のボウルや家族の箸に至るまで、何でもできちゃう“工場”のような場所。お店に行けば簡単に手に入るものや、買った方が安いものも、四井さんは手を動かしながらつくります。今回は、わざわざ「つくる」意味について考えてみました。

(*注)パーマカルチャー:“パーマネント”(永久)、“アグリカルチャー” (農業)、“カルチャー”(文化)を組み合わせた造語。持続可能な環境を作り出すためのライフスタイルのデザイン体系のこと。

「つくる」は自然とつながる最初の一歩

「“つくる”ということは、それ自体が“自然”とつながることでもあるんです」と四井さんは言います。

「たとえば桶職人の仕事を考えてみましょう。桶づくりには、木こりが木を伐採し、その木を加工し、伝統の職人技で桶に仕上げるという工程があります。出来上がった桶を、我々消費者が購入することで、そこにエコシステムが生まれます。ものをつくるというプロセスがきちんと連動すれば、僕たちの暮らしは自然界とのつながりを保つことができるのです」

ものつくりの国として繁栄してきた日本。長い歴史の中で培ってきた伝統精神を大切にしたい、と四井さんは考えています。日頃何気なく買い物をする時、少しでも安いものを買いたいと思うのは当然かもしれません。でも、安価な輸入品や、省力化によって大量生産されたものを安く買うことで、日本が培ってきた伝統の技が失われてしまうというのは本末転倒…。

「 “安ければ買った方がいい”という考えは大量消費の引き金になるし、ものを修理して大切に使うという気持ちも失われてしまいます。そしてコスト競争が進めば進むほど、世の中は持続可能ではなくなってしまうのです」(四井さん)

定期的に行われる『小さなマルシェ』で紹介したスズ竹のカゴ。軽くて丈夫、繊細な編み目の美しさに猫のアンちゃんもうっとり…

このカゴは、富士吉田のスズ竹かご職人の白壁さんによる工芸品。白壁さんは、富士山麓2〜3合目に群生しているスズ竹を使い、50年にわたり手づくりのカゴを作り続けています。

スズ竹とは、山に自生している直径1cmほどの細い竹。それを4〜6等分に割って厚さを整え、ツヤツヤした表面の皮を活かしながらザルやカゴを手作業で丁寧に編んでいきます。軽くて丈夫、水にも強いスズ竹は、昔から台所用品などに使われてきました。今では深刻な材料不足と職人不足で、手に入りにくくなってしまいましたが、四井さんのご自宅では、定期的に『小さなマルシェ』※を開催し、スズ竹のアイテムを紹介しています。大切に使えば何十年も持つそうですよ。

素朴な風合いと繊細な編み目が美しく、手づくりの温かみにあふれています。

 

次回の開催は7月を予定。詳細はこちらをチェック!

https://www.facebook.com/chisato.yotsui

https://www.instagram.com/yotsuishinji/

 

持続可能な社会を求めて日本の伝統技術を見つめる

モリーユ(アミガサダケ)が手づくりのザルいっぱいに採れました! こういう暮らしの楽しみをいつまでも大切にしたい….

「人間の生態系も含めて、生活の延長上に林業や農業があり、その上に持続可能な暮らしの循環ができあがります。“使い捨て”は一方通行。資源だけでなく、文化も維持できなくなってしまうのです」(四井さん)

私たちが自分でいろいろなものがつくれて、そこに役割が生まれたら、社会全体が循環していきます。でも、何もつくれない私たちになってしまったら、どんなに素晴らしい伝統技術も後世に残してあげられなくなってしまうのです。

ナラ、ケヤキ、みずめザクラetc.気がつけば、さまざまな素材を使い、あれもこれも、自分たちでつくったものに囲まれていると言う四井さんの暮らし。家族で使う器を自らの手でつくる。自分の暮らしを自分でつくる。そのために必要な暮らしの道具も手づくりする。しかも地域の材料を使ってーー。

日本も昔はみんなそうやって暮らしていたのに、いつからか、つくることも直すことも機械や人に任せるようになってしまいました…。

10年以上も寝かせてしっかり乾燥させた木を使ってつくったお椀やスプーン。食器づくりを通して学ぶこともたくさんあるそうです

「このお椀は、知り合いからもらった桜の木でつくりました。10年以上乾かした木を使っています。乾燥が甘いとゆがんでくるんですよ。木を使って器をつくる場合は十分に乾燥させることが大事です。最低でも5年以上は乾かさないと。スプーンは桃の木。これも友人の桃園からもらってきた木を使いました」(四井さん)

種類によって異なる木の特質を知り、型の取り方を調べながら切り出す。時には失敗することもあるけれど、やりながら知恵をつけるのだそうです。

「何かをつくる作業って、ものすごく情報処理能力が必要になるんですよ。空間を把握することはもちろん、気力や体力、直感も必要です。だから子供の教育にもとても良いと思います。最近の子供たちは、ゲームやスマホで無駄な時間を費やすことが多いけれど、この状況を変えられるのは、学校や塾の先生ではなく、子供の一番近くにいる親の役目です」

「お椀内側の拭き漆も終わり家族で食べるお汁粉用のお椀が完成。何冊かの漆塗りの技法書を参考にさせてもらっているけど、やはりそれどおりにいかず我流になってしまう(笑)」(四井さん) 昨年漆の木を植え、10年後にはその木から採取した漆で器を塗るつもりと言います

「もの」をつくるということは、能力を生み出すこと

「小さな頃から自分の手で何かをつくっていると、大人になってもいろいろなものを生み出せる人間になります。最初は小さな工作からはじまったとしても、そこからイメージがふくらんでいく。ものをつくるということは、能力を生み出していくことでもあります。つくっていれば、手入れや修理も自分でできるから、暮らしそのものが持続可能になるのです」(四井さん)

今は何でも簡単に手に入る時代ですが、それを消費するだけの人間になるより、つくり手になった方が、人生は豊かになるはず。四井さんのお話を聞いてそう思いました。

「消費者」から「つくり手」になる暮らし方

生活空間の中に「つくる」のヒントになるものがたくさん!端材や木の実やドライフラワーなど、いつも目にしているものが創造力の源に

農業で生計を立てている「農家」の生活は、作物を栽培するだけではなく、農具を直したり、倉庫をつくったり、水道をつないだり。さらに作物を販売したり、加工したりとさまざまなスキルが必要です。「百の姓」をもつ人、「百の仕事」ができる人—ー。「お百姓さん」という言い方はそこに由来するそうです。

試行錯誤しながら木を削り、断面を観察し、研磨して漆を塗るという作業は、修理したり改良したりしてさらなるお気に入りを生み出します。つくることができる人は、直すことも、新たなものを生み出すこともできます。

「つくる」ということは、お金にかえがたい価値があると、四井さんの暮らしから改めて実感しました。

「百の仕事」には届きそうにありませんが、せめて10の仕事くらいできるようになりたいものです。自分でつくったものには既製品以上の価値がある。そう信じてハーブの種を植えたり、キッチンに立って料理をつくってみたり。手を動かしてみると、ちょっとワクワク。心も動き出しますよ。

左から、四井真治さん、畑仕事や料理、家具作りなどにも積極的に取り組む四井家の長男・木水土(きみと)くんと次男・宙(そら)くん、四井千里さん

バックナンバーはこちらからご覧頂けます。

【連載】八ヶ岳の「幸せ自然暮らし」を読む>>>

四井真治

福岡県北九州市の自然に囲まれた環境の中で育ち、高校の時に地元の自然が都市開発によって破壊されてショックを受けたのをきっかけに環境意識が芽生え、信州大学の農学部森林科学科に進学することを決意。同農学部の大学院卒業後、緑化会社に勤務。長野で農業経営、有機肥料会社勤務後2001年に独立。2015年の愛知万博でオーガニックレストランをデザイン・施工指導。以来さまざまなパーマカルチャーの商業施設や場作りに携わる。日本の伝統を取り入れた暮らしの仕組みを提案するパーマカルチャー・デザイナーとして国内外で活躍中。

Soil Design http://soildesign.jp/

四井千里

2002年より都内の自然食品店に勤務。併設のレストランにてメニュー開発から調理まで運営全般に関わり、自然食のノウハウを学ぶ。2007年より八ヶ岳南麓に移り住み、フラワーアレンジメント・ハーブの蒸溜・保存食作り等のワークショップ講師、及び自然の恩恵や植物を五感で楽しむ暮らしのアイデアを提案。

記者:山田ふみ

多摩美術大学デザイン科卒。ファッションメーカーBIGIグループのプレス、マガジンハウスanan編集部記者を経て独立。ELLE JAPON、マダムフィガロの創刊に携わり、リクルート通販事業部にて新創刊女性誌の副編集長を務める。美容、インテリア、食を中心に女性のライフスタイルの動向を雑誌・新聞、WEBなどで発信。2012年より7年間タイ、シンガポールにて現地情報誌の編集に関わる。2019年帰国後、東京・八ヶ岳を拠点に執筆活動を行う。アート、教育、美容、食と農に関心を持ち、ethica(エシカ)編集部に参加「私によくて、世界にイイ。」情報の編集及びライティングを担当。著書に「ワサナのタイ料理」(文化出版局・共著)あり。趣味は世界のファーマーズマーケットめぐり。

<自然の仕組みがわかるオススメの2冊>

パーマカルチャーや土と自然のつながりがわかりやすく紹介されている『地球のくらしの絵本』シリーズ「自然に学ぶくらしのデザイン」と「土とつながる知恵」(四井真治著 農文協)ともに2,500円/税別

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

山田ふみ

このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram
【ethica Traveler】 連載企画Vol.5 宇賀なつみ (第4章)サンフランシスコ近代美術館
独自記事 【 2024/3/20 】 Work & Study
「私によくて、世界にイイ。」をコンセプトに2013年に創刊した『ethica(エシカ)』では、10周年を迎える節目にあたり、エシカルでサステナブルな世界観、ライフスタイルをリアルに『感動体験』する場を特集しています。 本特集では、カリフォルニア州サンフランシスコ市のエシカルな取り組みを取材!エシカ編集部と共にサステナブ...
【ethica Traveler】  静岡県 袋井市の旅 おいしいもの発見!
独自記事 【 2025/3/20 】 Work & Study
日本列島のほぼ真ん中で、駿河湾を囲むように位置する静岡県。その中でも、太平洋に面する西の沿岸部に近いところに袋井(ふくろい)市があります。東西の交流地点として、古くから人や物や情報の往来を支えてきた袋井市は、高級メロンやリゾート、由緒正しき寺院など、未知の魅力がたくさんあるユニークな場所です。今回は、そんな袋井市の中で...
冨永愛 ジョイセフと歩むアフリカ支援 〜ethica Woman Project〜
独自記事 【 2024/6/12 】 Love&Human
ethicaでは女性のエンパワーメントを目的とした「ethica Woman Project」を発足。 いまや「ラストフロンティア」と呼ばれ、世界中から熱い眼差しが向けられると共に経済成長を続けている「アフリカ」を第1期のテーマにおき、読者にアフリカの理解を深めると同時に、力強く生きるアフリカの女性から気づきや力を得る...
持続可能なチョコレートの実現を支える「メイジ・カカオ・サポート」の歴史
sponsored 【 2025/3/19 】 Food
私たちの生活にも身近で愛好家もたくさんいる甘くて美味しいチョコレート。バレンタインシーズンには何万円も注ぎ込んで自分のためのご褒美チョコを大人買いする、なんてこともここ数年では珍しくない話です。しかし、私たちが日々享受しているそんな甘いチョコレートの裏では、その原材料となるカカオの生産地で今なお、貧困、児童労働、森林伐...

次の記事

[連載企画]冨永愛 自分に、誰かに、世界にーー美しく生きる。 【chapter3-2】 ethica beauty project
(第6話)「夫の服」【連載】かぞくの栞(しおり) 暮らしのなかで大切にしたい家族とwell-being

前の記事

スマホのホーム画面に追加すれば
いつでもethicaに簡単アクセスできます