読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第7章:旧正月とベトナム編(第3節)
独自記事
このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram
2,176 view
読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第7章:旧正月とベトナム編(第3節)

新企画「あなたにとってウェルビーイングとは何か」を担当します永島郁哉と申します。早稲田大学で社会学を学びながら、休日には古着屋に行ったり小説を書いたりします。

この連載は、ストレス社会に生きる私たちが、ふと立ち止まって「豊かさ」について考えるきっかけとなる、ささいな休憩所のようなものです。皆さんと一緒に、当たり前だと思っていた価値観を一つ一つほどいていく作業が出来たらと思います。

第7章は「旧正月とベトナム」と題してお送りします。旧正月をお祝いするベトナムには、ウェルビーイングのヒントとなる出来事が溢れています。

第7章 旧正月とベトナム

第3節 何が「宗教的」か

ベトナムは、仏教の国です。街のどこかには必ず立派な寺院があって、人々を見守るようにそびえています。普段は、日本の寺院と同様に、静かで厳かな雰囲気の漂う寺院ですが、旧正月の時期になると一転、装飾や時には派手なLEDで彩られ、異様な輝きを放ちます。

今回はそんな寺院の話から、「宗教」について少し考えていきましょう。

近所の寺院

私が旧正月を過ごしたのは、ベトナムの中でもカンボジアとの国境に近いビンフックという省です。友人の実家でお世話になりながら、友人と色々な場所を回りましたが、一番よく覚えているのは、まさに新年を迎えたその日の深夜に訪れた寺院です。

原チャリの後ろに乗せてもらい、友人と二人で訪れたそこは街の主要な寺院で、深夜にかかわらず人が絶えず訪れる場所でした。一礼し中に入ると、そこは途端にテーマパークのような装飾に溢れていて、本堂には新年を祝う巨大な看板がぶら下がっていました。光源がそこら中にあり、敷地内はひと際明るさを保っていたので、今にも眠気で閉じてしまいそうだった私の瞳はギラギラ冴えわたり、交感神経が優勢になっていきます。寺院の至る所には、そんな電飾にも負けないほど大胆に咲いた黄色い菊の花があり、強力な光でぼやけた私の視界をいくらか癒してくれるのでした。

人の間を縫いながら、本堂でお参りした後に、私たちは少し境内を散歩しました。立派な植木や石畳が綺麗に清掃され整えられている様は、この寺院がどれだけ大事に保たれているかを示しています。人々はここへ来て、仏に新年の願いを伝える。この場所は、この地域の人々にとってなくてはならない場所なのだと改めて認識しました。

そう思うと心なしか、私にも宗教心のようなものが芽生えてきて、寺院を去る頃にはすっかり満たされた気持ちになっていました。あの時の私は、きっとあの街の人々と同様に、宗教と深く繋がっていたのだと思います。

菊の花

私は自分を仏教徒だと認識しているわけではないですが、この経験は社会学者のトーマス・ルックマンの議論を思い起こさせます。ルックマンは、近代化・世俗化に伴って宗教は衰退したのではなく、形態を変えて存在し続けていると主張しています。教会(寺院・神社)に行くという形態から、より日常に様々な形で散りばめられた表象の中から個人が選択・作成する形態へと変化したというのです。これを、ルックマンは「見えない宗教」と呼びます。

私の場合、寺院に行ったという点でルックマンと少しズレてしまいますが、私が「宗教的な何か」を感じたのは寺院そのものではなくて、綺麗に整えられた植木や落ち葉1つない石畳なのです。私以外の人は(恐らく一緒にいたベトナム人の友人でさえ)、植木や石畳など大して気にしていなかったかもしれません。ですが、私にとっては、あの丸く刈られた低木や整列した石畳という表象が、とある宗教形態に思えたのです。

ルックマンの言う「宗教の個人化」と「見えない宗教」は、恐らく色々な人にとって当てはまるはずです。「神と出会う」とか、「超自然的なパワーを感じる」というのではなくて、もっと曖昧なものとして、です。お守りを肌身離さず持ち歩くとか、浄化作用のあるお香を焚くとか、鳥居の端を通るとか、そういったときに少し背筋が伸びるようなそういう曖昧な感覚です。そういうものが無数に、至る所に散りばめられている世界に私たちは生きています。

私は別に「もっと宗教に自覚的になろう」ということを言いたいわけでもないですが、そうした些細なことがきっかけで心が満たされるという体験はウェルビーイング的ではないかな、とぼんやり思うのです。ルックマンの言うことが正しければ、「宗教」というものを斜に構えて見ないで、もっと気楽に選択的に、あるいは創造的に付き合っていくのが良いのかもしれませんね。

みなさんはどのように考えますか?

今回の連載は如何でしたでしょうか。バックナンバーはこちらからご覧頂けます。

[読者対話型連載]あなたにとってウェルビーイングとは何か

永島郁哉

1998年生まれ。早稲田大学で社会学を学ぶ傍ら、国際学生交流活動に携わる。2019年に公益財団法人イオン環境財団主催「アジア学生交流環境フォーラム ASEP2019」に参加し、アジア10カ国の学生と環境問題に取り組んだ他、一般社団法人アジア教育交流研究機構(AAEE)では学生スーパーバイザーを務め、ベトナムやネパールでの国際交流プログラム企画・運営を行っている。2019年9月より6か月間ドイツ・ベルリン大学に留学。

——Backstage from “ethica”——

今回の連載は、読者対話型の連載企画となります。

連載の読者と、執筆者の永島さんがオンラインオフ会(ZOOM)で対話をし、次の連載の話題や企画につなげ、さらにその連載を読んだ方が、オンラインオフ会に参加する。

という形で、読者との交流の場に育てていければと思います。

ご興味のある方は、ethica編集部の公式Facebookのメッセージから、ご応募ください。

https://www.facebook.com/ethica.jp

抽選の上、次回のオンラインオフ会への参加案内を致します。

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

ethica編集部

このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram
【ethica Traveler】 連載企画Vol.5 宇賀なつみ (第4章)サンフランシスコ近代美術館
独自記事 【 2024/3/20 】 Work & Study
「私によくて、世界にイイ。」をコンセプトに2013年に創刊した『ethica(エシカ)』では、10周年を迎える節目にあたり、エシカルでサステナブルな世界観、ライフスタイルをリアルに『感動体験』する場を特集しています。 本特集では、カリフォルニア州サンフランシスコ市のエシカルな取り組みを取材!エシカ編集部と共にサステナブ...
【ethica Traveler】  静岡県 袋井市の旅 おいしいもの発見!
独自記事 【 2025/3/20 】 Work & Study
日本列島のほぼ真ん中で、駿河湾を囲むように位置する静岡県。その中でも、太平洋に面する西の沿岸部に近いところに袋井(ふくろい)市があります。東西の交流地点として、古くから人や物や情報の往来を支えてきた袋井市は、高級メロンやリゾート、由緒正しき寺院など、未知の魅力がたくさんあるユニークな場所です。今回は、そんな袋井市の中で...
冨永愛 ジョイセフと歩むアフリカ支援 〜ethica Woman Project〜
独自記事 【 2024/6/12 】 Love&Human
ethicaでは女性のエンパワーメントを目的とした「ethica Woman Project」を発足。 いまや「ラストフロンティア」と呼ばれ、世界中から熱い眼差しが向けられると共に経済成長を続けている「アフリカ」を第1期のテーマにおき、読者にアフリカの理解を深めると同時に、力強く生きるアフリカの女性から気づきや力を得る...
持続可能なチョコレートの実現を支える「メイジ・カカオ・サポート」の歴史
sponsored 【 2025/3/19 】 Food
私たちの生活にも身近で愛好家もたくさんいる甘くて美味しいチョコレート。バレンタインシーズンには何万円も注ぎ込んで自分のためのご褒美チョコを大人買いする、なんてこともここ数年では珍しくない話です。しかし、私たちが日々享受しているそんな甘いチョコレートの裏では、その原材料となるカカオの生産地で今なお、貧困、児童労働、森林伐...

次の記事

松島花 デビュー「20周年」の彼女が語るエシカル・ライフ ethica beauty project 独占インタビュー企画 Presented by WACOAL
(第36話)作ることで生まれる、私にとっての心地良さ【連載】かぞくの栞(しおり) 暮らしのなかで大切にしたい家族とwell-being

前の記事

スマホのホーム画面に追加すれば
いつでもethicaに簡単アクセスできます