読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第12章:アリストテレスとわたし(第4節)
独自記事
このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram
読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第12章:アリストテレスとわたし(第4節)

新企画「あなたにとってウェルビーイングとは何か」を担当します永島郁哉と申します。早稲田大学大学院で社会学を研究しながら、休日には古着屋に行ったり小説を書いたりします。

この連載は、ストレス社会に生きる私たちが、ふと立ち止まって「豊かさ」について考えるきっかけとなる、ささいな休憩所のようなものです。皆さんと一緒に、当たり前だと思っていた価値観を一つ一つほどいていく作業が出来たらと思います。

第12章 アリストテレスとわたし

第4節 幸福とは学習可能か?

アリストテレスの『ニコマコス倫理学』から、ウェルビーイングを考える今回の連載。先週は、「善」の3つの種類を見ました。今回は、「最高善」である「幸福」と、「学び」との関係について深堀していきます。

幸福となることを究極の目的としたアリストテレスですが、彼はここに1つの問題を提起します。それは、「『幸福』とは偶然の産物か、それとも学びによって得られるものか」という疑問です。

これまで、人は幸福という最高善に向かって生きており、またその善には個人的なものから社会的なものまでさまざまな種類があるということを確認しました。ですが、この時点では、幸福というものが結局のところ、神から与えられるものなのか、それとも何らかの訓練によって人間に備わるものなのか、という点ははっきりしません。

アリストテレスは、『ニコマコス倫理学』第1巻、第9章で、この点について言及しています。彼の答えを簡単に言えば、「幸福は学びによって手に入れられるものだが、それは結局のところ神的なものに属する」です。一見矛盾しているようですが、この部分にアリストテレスの倫理学がとてもよく表れています。

アリストテレスはまず、幸福とは神からの贈り物であると断言します。人間が手に入れられるもののなかでは、幸福が一番良いものであり、つまりそれは神からの祝福にほかなりません。一方で、人間には何らかの学びや訓練によって手に入れられる幸福もあると言います。なぜでしょうか。

アリストテレスはここで、「徳に対する能力がある人なら誰でも、学びを通じて、幸福を達成することができる」と述べています。つまり、幸福というのが神からの贈り物であるからこそ、それは限られた人だけにではなく、より多くの人に対して訪れる、とアリストテレスは考えました。学んだり、訓練したりする人であれば誰にでも幸福は訪れる。それこそが、幸福が神からの贈り物である理由である、というわけです。

アリストテレスはどうしてこんなに「ややこしいこと」を言ったのでしょうか。結局全ての幸福が神からの贈り物なら、そうとだけ言えばいいのに、とさえ思います。ですが、ここにアリストテレスの意図が垣間見えます。

前回、善には「政治の生活」という領域があるという話をしました。ポリスのなかで社会的な責任や役割を果たすことこそが善だとする生き方のことです。一方で、政治は、そこで暮らす人々が幸せに暮らす=そこで暮らす人を善き人々にすることを目指しています。

そうであれば、政治という人間の活動には、学んだり、訓練したりすることが含まれます。政治は人間の活動によって幸福を目指すものと言い換えても良いかもしれません。

もし、「幸福とは神からの贈り物である」とだけ断言するとどうでしょうか。政治という活動が途端に、神の意志とは無関係に行われる空虚なものに感じられないでしょうか。幸福は結局神が与えたもうたものなのだから、人間の活動(=政治)など無意味である、というような印象を受けます。

ところが、アリストテレスによれば、むしろ政治において、万人の幸福を目指すような活動こそが、幸福が神からの贈り物である所以ということになります。この点を履き違えて欲しくなかったからこそ、彼はわざわざ遠回しな言い方をしたのかもしれません。

さて、ここからウェルビーイングを考えると、私たちには何が見えてくるでしょうか。もちろん、「ウェルビーイングとは、受け取るものではなく、自分で掴むものだ!」と、人々をエンパワーメントするような議論も可能ですが、ここでは少し「裏」から物事を眺めてみたいと思います。

アリストテレスが「幸福とは神からの贈り物であるからこそ、人間は学びによってそれを得られる」と言うとき、その裏には「学びによって得られる幸福もまた神からの贈り物である」という文言が隠れています。すなわち、私たちが自分の手で掴んだ(と思う)幸福も、本来は神からの祝福である、というわけです。

これは何も、宗教的な話ではなく、自分で掴み取ったものはまた偶然の産物でもあるということを示しています。例えば、努力して試験に合格したとき、それはもちろん当人の努力に依るところも大きいですが、一方でそうした努力を可能にする環境に自分がいた、という偶然性も決して無視できません。

同様に、幸福を自らの手でつかみ取ったと思うとき、そこには偶然の要素が全くなかったなどということはほとんどあり得ないでしょう。私たちは幸福を実現するために、学びを深めたり、訓練をしたりすることができますが、そのようにして手に入れた幸福に偶然の力がなかったと考えることは愚かであると、アリストテレスはきっと考えるはずです。

「幸福」と「学び」と「偶然性」の関係。アリストテレスにとって、それらは1つにつながったものでした。この点が、私たちがウェルビーイングを熟考していくときの大きな手がかりになるはずです。

今回の連載は如何でしたでしょうか。バックナンバーはこちらからご覧頂けます。

[読者対話型連載]あなたにとってウェルビーイングとは何か

永島郁哉

1998年生まれ。早稲田大学で社会学を学ぶ傍ら、国際学生交流活動に携わる。2019年に公益財団法人イオン環境財団主催「アジア学生交流環境フォーラム ASEP2019」に参加し、アジア10カ国の学生と環境問題に取り組んだ他、一般社団法人アジア教育交流研究機構(AAEE)では学生スーパーバイザーを務め、ベトナムやネパールでの国際交流プログラム企画・運営を行っている。2019年9月より6か月間ドイツ・ベルリン大学に留学。

——Backstage from “ethica”——

今回の連載は、読者対話型の連載企画となります。

連載の読者と、執筆者の永島さんがオンラインオフ会(ZOOM)で対話をし、次の連載の話題や企画につなげ、さらにその連載を読んだ方が、オンラインオフ会に参加する。という形で、読者との交流の場に育てていければと思います。

ご興味のある方は、ethica編集部の公式Facebookのメッセージから、ご応募ください。

https://www.facebook.com/ethica.jp

抽選の上、次回のオンラインオフ会への参加案内を致します。

LINE公式アカウント
https://lin.ee/aXB3GQG

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

ethica編集部

このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram
【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (第1話)逆張り者
独自記事 【 2025/9/5 】 Work & Study
この物語は、大阪を拠点とする一企業・サラヤが20年にわたり、ボルネオという地で環境保全活動に取り組んできた軌跡を一人のサラリーマン・廣岡竜也の目線から辿った記録である。 人と地球にやさしい「ヤシノミ洗剤」を生み出したサラヤが、環境を破壊しているという誤解を受けたことが発端となり、次々と困難が立ちはだかるも、諦めない者た...
【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (序章)最初の関門
独自記事 【 2025/8/31 】 Work & Study
この物語は、大阪を拠点とする一企業・サラヤが20年にわたり、ボルネオという地で環境保全活動に取り組んできた軌跡を一人のサラリーマン・廣岡竜也の目線から辿った記録である。 人と地球にやさしい「ヤシノミ洗剤」を生み出したサラヤが、環境を破壊しているという誤解を受けたことが発端となり、次々と困難が立ちはだかるも、諦めない者た...
持続可能な酪農の実現を支える明治の取り組みと、乳業の歴史
sponsored 【 2025/9/3 】 Food
乳製品やチョコレートなどの食品を取り扱うメーカーである明治(Meiji)。大ヒット商品でもある「明治おいしい牛乳」や「明治ブルガリアヨーグルト」などは冷蔵庫に常備され、マストアイテムになっている…なんて家庭も多いのでは?そんな私たちの日常生活に欠かせない明治グループは、2021 年から「健康にアイデアを」をグループスロ...
【単独取材】料理に懸け30年、永島健志シェフが語る美食哲学
独自記事 【 2025/10/9 】 Food
この取材は、かつて学校が苦手な不良少年だった、永島健志さんが、料理という表現と出会い「世界のベスト・レストラン50」で世界1位を5度獲得したスペインのレストラン「エル・ブリ」で修業し、帰国後に体験型レストラン「81」を立ち上げた貴重な経験を語って頂いたものである。
アラン・デュカス氏が登壇「ダイナースクラブ フランス レストランウィーク2025」 記者発表会レポート
INFORMATION 【 2025/9/15 】 Food
今年で開催15回目となる「ダイナースクラブ フランス レストランウィーク」は、少し敷居が高いと感じてしまう人もいるフランス料理を、馴染みのない人にも楽しんでもらいたいという思いから誕生したグルメフェスティバルです。期間中(9月20日〜10月20日)は、参加しているレストランにて特別価格で、本格的なフレンチのコース料理を...
水原希子×大谷賢太郎(エシカ編集長)対談
独自記事 【 2020/12/7 】 Fashion
ファッションモデル、女優、さらには自らが立ち上げたブランド「OK」のデザイナーとさまざまなシーンで大活躍している水原希子さん。インスタグラムで国内上位のフォロワー数を誇る、女性にとって憧れの存在であるとともに、その動向から目が離せない存在でもあります。今回はその水原さんに「ethica」編集長・大谷賢太郎がインタビュー...
【ethica Traveler】連載企画Vol.1 宇賀なつみ サンフランシスコ編(序章)   
独自記事 【 2024/1/24 】 Work & Study
「私によくて、世界にイイ。」をコンセプトに2013年に創刊した『ethica(エシカ)』では、10周年を迎える節目にあたり、エシカルでサステナブルな世界観、ライフスタイルをリアルに『感動体験』する場を特集しています。  今回は、カリフォルニア州サンフランシスコ市のエシカルな取り組みを取材!エシカ編集部と共にサステナブル...
【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (第2話)新天地
独自記事 【 2025/9/25 】 Work & Study
この物語は、大阪を拠点とする一企業・サラヤが20年にわたり、ボルネオという地で環境保全活動に取り組んできた軌跡を一人のサラリーマン・廣岡竜也の目線から辿った記録である。 人と地球にやさしい「ヤシノミ洗剤」を生み出したサラヤが、環境を破壊しているという誤解を受けたことが発端となり、次々と困難が立ちはだかるも、諦めない者た...

次の記事

【ethica-Tips】ローマの休日とジェラートの話 『エシカ編集部の注目ジェラート』
「GINZA SIX」が食欲の秋に嬉しい期間限定スイーツやサステナブルシーフードを提供

前の記事

スマホのホーム画面に追加すれば
いつでもethicaに簡単アクセスできます