読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第12章:アリストテレスとわたし(第7節)
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読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第12章:アリストテレスとわたし(第7節)

新企画「あなたにとってウェルビーイングとは何か」を担当します永島郁哉と申します。早稲田大学大学院で社会学を研究しながら、休日には古着屋に行ったり小説を書いたりします。

この連載は、ストレス社会に生きる私たちが、ふと立ち止まって「豊かさ」について考えるきっかけとなる、ささいな休憩所のようなものです。皆さんと一緒に、当たり前だと思っていた価値観を一つ一つほどいていく作業が出来たらと思います。

第12章 アリストテレスとわたし

第7節 自分を愛すること

先日、こんなことがありました。

9月のわりに陽が燦燦と降り注いでいたある日の午後、偶然に友人と出会いました。半年以上ぶりの再会で、話もはずむかと思えば、なんだか相手がぎこちない。何かと問いただしてみれば「やけにおしゃれな服着てるから」と言います。なるほど、つまり彼は、私がやけに自信満々に見えることに怖気づいていたわけです。なんだか急に恥ずかしくなった私は、すぐにその場を立ち去りました。

どういうわけか、自分を良く見せるとか、自分に自信を持つとか、ひいては自分を愛するということに対して、「恥ずかしいことだ」という意識が世の中にはあるようです。「ナルシシスト」だとか、「自己愛者」だとかいう言葉にネガティブなイメージが付きまとうのは、そのためでしょうか。

ところが、ウェルビーイングの文脈では、よく「自分を愛せ」ということが言われます。これは一体どういうことでしょうか。ナルシシズムに陥らないように自分を愛するということは可能なのでしょうか。

さて、これに対しても、(やっぱり)アリストテレスが、とても良い考察をしてくれています。『ニコマコス倫理学』第9巻第8章の内容です。

アリストテレスはまず、ナルシシズム的な「自己愛」と、ウェルビーイング的な「自己愛」がそれぞれ指し示す意味を検討するのが良い、と言います。

「そこでわれわれとしては、双方の立場の者たちがそれぞれ、自己愛というものをどのような仕方で語っているかを把握すれば、それによってたぶん、事の真相は明らかになるだろう。」(朴一功訳 2002: 428)

まず、前者のナルシシズム的な自己愛者のことを、彼は「金銭や名誉、身体的快楽をより多く取ろうとする者たち」であると言います。そして、それらをまとめて、「魂の非理性的部分」と表現します。一方で、後者のウェルビーイング的な自己愛者はこれとは違います。彼らは、徳に基いて、最も善いものを求める人、それによって自己を満足させる人だからです。

そして、そのようなウェルビーイング的な自己愛者たちは、「美しいことを行って、みずから利益を得るだけでなく、他人にも利益を与える」((朴一功訳 2002: 430)ということも、アリストテレスは指摘しています。彼は、この限りにおいて、「競争(善きことを行うためにみなが奮闘すること)」を認めています。

アリストテレスの立場は極めて明確です。自己の利益、しかも金銭や身体的快楽などの非理性的なものを求めるような自己愛者は批判されてしかるべきですが、自己の利益のみならずそれが他者・社会の利益になるような、徳のある行いを希求する人は、称賛される存在なのです。

「自分を愛する」というとき、私たちは自分だけの利益のために自分を愛してはいけません。むしろ、ウェルビーイングの文脈においては、自分のみならず他者の利益になるような行動を取ることが、自分を真に愛する=善い自分を実現する、という意味なのです。

改めて冒頭で紹介した出来事を考えてみると、自分はウェルビーイング的な自己愛を実現できていなかったなと反省します。無論、「自分を着飾ることは身勝手なことだ」というわけではなく、服を通して自分を表現することは恥ずかしいことではない、という態度を示すべきだったということです。

もしかすると彼は、自分の体型や雰囲気に合った服を選ぶのが苦手だったのかもしれません。おしゃれをするなんて自分には向いていない、と思っていたのかもしれません。そのような自己をわたしに照射していたからこそ、怖気づいてしまっていたのかもしれません。

着飾ることそれ自体の美しさや、それによる他者との交流など、自分に似合った服を着るということは、社会全体の幸福増大につながります。ウェルビーイング的な自己愛は、自己を通して他者や社会全体を見通す態度のことなのです。

さて、この第12章「アリストテレスとわたし」も次回で最終回になります。お楽しみに!

今回の連載は如何でしたでしょうか。バックナンバーはこちらからご覧頂けます。

[読者対話型連載]あなたにとってウェルビーイングとは何か

永島郁哉

1998年生まれ。早稲田大学で社会学を学ぶ傍ら、国際学生交流活動に携わる。2019年に公益財団法人イオン環境財団主催「アジア学生交流環境フォーラム ASEP2019」に参加し、アジア10カ国の学生と環境問題に取り組んだ他、一般社団法人アジア教育交流研究機構(AAEE)では学生スーパーバイザーを務め、ベトナムやネパールでの国際交流プログラム企画・運営を行っている。2019年9月より6か月間ドイツ・ベルリン大学に留学。

——Backstage from “ethica”——

今回の連載は、読者対話型の連載企画となります。

連載の読者と、執筆者の永島さんがオンラインオフ会(ZOOM)で対話をし、次の連載の話題や企画につなげ、さらにその連載を読んだ方が、オンラインオフ会に参加する。という形で、読者との交流の場に育てていければと思います。

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ethica編集部

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