「3カ国で3つ星を同時に獲得した史上初のシェフ」として料理界の頂点に立つ存在であり、世界的に有名なフランスのシェフ、アラン・デュカス。フランスレストランウィーク2025のイベントに合わせて来日した彼に、食とサステナビリティについて話を伺った。

Photo=Kentaro Ohtani ©TRANSMEDIA Co.,Ltd
「3カ国で3つ星を同時に獲得した史上初のシェフ」として料理界の頂点に立つ存在であり、世界的に有名なフランスのシェフ、アラン・デュカス。フランスレストランウィーク2025のイベントに合わせて来日した彼に、食とサステナビリティについて話を伺った。
1956年、フランスの中でも限りなくスペインに近い南西部のランド県・シャロス地方に生まれたアラン・デュカスは、広大な森と畑のある豊かな自然に囲まれた地で育った。自分たちで育てた野菜を使った祖母の料理を食べ、大工だった祖父と森を散策し、大地の恵みが溢れる環境で育つ中で、幼いうちから味覚が発達した彼が料理人を志すことはごく自然の流れだった。彼の料理の特徴は、フランスの伝統を大切にしながらも、素材の持ち味を最大限に生かすナチュラルなフランス料理であることと、塩やバター、クリームといったフレンチ定番の油脂や調味料を控えめにして、野菜や魚介の旨味を引き出す調理法を採用していることにある。さらには持続可能な食文化にも高く関心を持ち、オーガニック食材を使用し、フードロス削減も積極的に実践していることは改めて説明するまでもない。
そんな彼に初めてお会いし、まずは挨拶がてらデュカス氏を追ったドキュメンタリー映画(※注)を拝見し、著書も読ませていただいたことや、特に、エッセイ本の『アラン・デュカス、美食と情熱の人生』には格言になるような言葉がたくさん散りばめられていて、つくづく感銘を受けたことなどを伝える。
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「メルシィ(ありがとう)。あの映画を制作したのは、ああすればもうインタビューの必要もないだろうと思ったんだけど、まだ僕に話を聞くことがあるかい?」
それはそれは…!と、話していると思わず笑顔になる。いかにも気の良いおじいさんと言った具合に、好々爺然としたデュカス氏は、場の空気を和ませるのがとても上手い。しかし、ひとたび料理のこととなると妥協を許さず、姿を表すだけで料理人には背筋が伸びるような空気を運んでくる、厳しい側面を持ち合わせていることは、映像の数々から読み取っていた。ドキュメンタリー映画の制作はコロナ前の2017年であったし、年月を経て、今とはまた変わっていることもあるだろうと期待をして質問をしようとしていたところで、ペンを取り出して筆者の持ってきたエッセイ本にサインをしてくれた。お礼を伝えると、本に貼られた付箋を指して言った。
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「付箋がたくさん貼ってあるけど、どこにその要素があったのかが気になるね。」
明確な基準はなく、心に響いたフレーズを気の赴くままに印づけていたのだが、特に、料理のことに限らずどんな人や状況にも当てはまる哲学的なところが心に刺さることが多かった。デュカス氏の伝えることへの想いは、エッセイの一文から感じ取ることができる。例えばそれはこんなところだ。
デュカス氏は1999年にパリ郊外のアンジャントゥイユに「デュカス・フォルマシオン」という料理学校を設立している。以前から温めていた料理学校の構想がついに形になった年だった。そして2007年にはオート=ロワール県のイッサンジョーにある国立高等製菓学校を買収し、その老舗製菓学校を、製菓、製パン、チョコレート製造、砂糖菓子製造、アイスクリーム製造のプロを養成する学校として立て直すことに成功する。それ以降、デュカス氏は広義での“学校”をつくろうと挑戦を続けていた。店で若いシェフを育て、彼らのアドバイザーやメンターになることも一つ。出版社を興して、自分たちの価値観や視点、好奇心について著した書籍を出版するのも一つ。パリ郊外の町サルセルと提携して、職業適性資格取得(CAP)に向けて女性を育成する「未来の女性たち」プロジェクトもまた一つ。2020年には、フランス国内でも最も人口の多い地域圏であるイル=ド=フランスの中のオー=ド=セーヌ県の都市、ムードンに「エコール・デュカス パリキャンパス」を開校している。
“知識は自分一人のものではなく、他人と共有されるべきものだ。誰かに与えることで新しい味や技術が生まれ、知識はより豊かになる。学校とは壁の内側の冷たい場所ではない。わたしは失われつつある味や技術を守りながら、新たな試みや挑戦もする。忘れられないよう料理の歴史を記録しながら、絶えず進化させる。そういう意味で、わたしたちの学校は博物館でもあり実験室でもある。”(p.44『アラン・デュカス、美食と情熱の人生』より)
本をしまい、デュカス氏にethica(エシカ)ではサステナビリティやエシカルというライフスタイルを提案していることを伝えた上で、料理というジャンルから実践できることを伺ったところ、落ち着いた物腰で「まずは食事の量を減らして質を上げなさい」と話し始めた。
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「動物由来のタンパク質の量を減らして、持続可能な量で漁獲された魚を食べ、魚介類の繁殖の時期を意識すること」
「大地の恵みで言うと、例えば鶏であるなら、その量をもっとずっと減らすこと」
「プロポーションの比率を今と逆にするんです。つまり、今は動物由来のタンパク質が80(%)で、お野菜が20(%)の割合ですが、それを逆にするということです。野菜やシリアルを食べ、そして植物由来のタンパク質をたくさん摂取する。そうすることで自分の健康にも優しくなれる」
大食短命、小食は長生きのしるし、腹八分目に医者いらず……、とデュカス氏の話を補完するような諺(ことわざ)が頭をよぎる。いつの時代もどの場所でも、先人の知恵としても伝承されている真実なのだろう。
「僕の本を読んでくださっていれば、すでに理解されているかもしれませんが、脂質や糖分、塩分も控えた方がいいです。特に砂糖は手に入りやすく、最も安価な依存物のようなものです」
デュカス氏に密着したドキュメンタリー映画の中で、パティシエの女性が砂糖を使わずにデザートを作り、デュカス氏がそれを褒めていたシーンを思い出す。それは乳製品を使わない豆乳から作ったムースで、「パティシエから砂糖と粉を奪ってもデザートはできる」と笑顔を浮かべ、100%植物性の材料で砂糖なしのデザートを作ったことを素晴らしいと称賛していた。自分自身を振り返ってみても、寝不足の時や調子がすぐれない時ほど、甘いものを欲することが多かったことを自覚し、彼の言うことには大きく首肯した。
そしてシェフとしてのキャリアの中でも、始めから野菜を大切にしていたと言う実績が、そのまま彼のメッセージと結びつく。野菜、シリアル、果物中心の自然派家庭料理を紹介する料理本も彼は出版しているのだ。
「2009年に「ナチュール」(『Alain Ducasse Nature: Simple, Healthy, and Good』, 邦題:『アラン・デュカスのナチュールレシピ』)という本を書きました。そして2014年には「ナチュラリテ」という本も書きました。ナチュラリテは、ナチュールのよりオートクチュール版になっています。」
「そして今は精進料理に由来するような、そこからさらに細やかに研究を重ねた料理に(意識が)向かっています。」
世界一のシェフが今注目しているのが、仏教の戒律に基づいて肉や魚の殺生を行わない、野菜や豆類や穀物を中心に植物性由来の食材のみで作られること、とされている精進料理……。確かに、デュカス氏がインタビュー中に話していた考え全てを体現する料理である。そして、日本人にとっても馴染み深い精進料理が挙げられたこと、そのつながりに、勝手ながらも少し嬉しく感じてしまう。
最後にこちらが手土産として持参した、島根県津和野産100%柚子の粉末で作られた「ゆず香味」を渡すと、「僕が、シトラスが好きなのを分かっているね」とニヤリとしながら香りを嗅ぎ、丁重に持ち帰ってくれた。去り際まで好々爺としたイメージを崩さない、なんとも茶目っ気のある素敵な人物だった。
Photo=Kentaro Ohtani ©TRANSMEDIA Co.,Ltd
(※注)ジル・ド・メストル監督作品で2017年に制作された『アラン・デュカス 宮廷のレストラン(La quete d’Alain Ducasse)』は、フランス料理界の巨匠アラン・デュカスを2年かけて密着取材したドキュメンタリー作品。世界各地で23のレストランを経営するアラン・デュカスが、ベルサイユ宮殿に宮廷レストランをオープンさせると言う前代未聞の偉業を成し遂げるため、ニューヨーク、ロンドン、リオ、フィリピン、香港、パリ、モナコ、東京、京都と世界中をめぐり、自身の舌と目で素材を吟味していく様子を追っていく。
アラン・デュカス氏のエッセイ本『アラン・デュカス、美食と情熱の人生』
“日本をはじめとする訪問した国々、そして初めて味わった料理から得た学びは、わたしにとっての宝だ”
(本書より抜粋)
12歳までレストランに行ったことがなかった少年は、いかにして当時最年少の三ツ星シェフとなったのか? 農場で過ごした幼年期、料理学校での修行、飛行機事故、ジョエル・ロブションとの関係、日本食へのこだわり……フレンチシェフの巨匠が自ら贈る魂の教科書。日本版オリジナル写真も収録
文:神田聖ら(ethica編集部)/企画・構成:大谷賢太郎(ethica編集長)
参考文献
ジル・ド・メストル監督. 『アラン・デュカス 宮廷のレストラン(La quete d’Alain Ducasse)』.
アラン・デュカス. 2017. キノフィルムズ. 2018(U-next配信)
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