読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第11章:「自己」を捉える(第4節)
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読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第11章:「自己」を捉える(第4節)

Photo by Emiliano Bar on Unsplash

新企画「あなたにとってウェルビーイングとは何か」を担当します永島郁哉と申します。早稲田大学大学院で社会学を研究しながら、休日には古着屋に行ったり小説を書いたりします。

この連載は、ストレス社会に生きる私たちが、ふと立ち止まって「豊かさ」について考えるきっかけとなる、ささいな休憩所のようなものです。皆さんと一緒に、当たり前だと思っていた価値観を一つ一つほどいていく作業が出来たらと思います。

第11章 「自己」を捉える

第4節 ウェルビーイングをめぐるジレンマ

これまでは、第2節では宗教との関係で、第3節では社会システムとの関係で、「自己の変容」「自我の形成」を見てきました。まだ読んでいない、という方は是非バックナンバーから遡って、読んでみてください。

変わって今回見ていくのは、「権力」との関係で見えてくる自己です。「権力」と言うと、大柄で、悪名高い、世間知らずで、非道な人が振りかざすものというイメージがなんとなく想起されるかもしれませんが、これから見ていく「権力」というのは、「見えない権力」です。したがってそこには、「社長室の椅子に深々と腰かけて、世間を見下しているような人」は存在しません。

権力は見えない(Photo by Derek Lee on Unsplash)

では、一体「見えない権力」とは何なのか。その権力の暴力性に注目したのが、フランスの哲学者、ミシェル・フーコーです。彼はさまざまな名著を残しましたが、なかでも今回取り上げるのが『監獄の誕生』という著作です。この本で彼は、監獄という装置のなかで個人がする体験が、自己の在り方を形成すると言います。

そもそも刑罰というのは、19世紀より以前は身体形が主流でした。罰を与えるとは体を痛めつけることだったのです。ところが、18世紀の末から19世紀の初頭にかけて、矯正・更生に主眼を置いた刑の在り方が提案されました。すなわち、規則正しい生活を送らせ、規律に従わせることで、犯罪者の心を強制しようという試みが始まったわけです。朝に点呼があり、掃除や運動がきちんと行われる刑務所の光景は、実は200年ほどの歴史しかないんですね。

では、刑務所で囚人はどのような経験をするかというと、それはある意味で「規律による身体の拘束」でもありました。体を痛めつける罰の在り方は終わりましたが、逆に規律や習慣に従わせることで、囚人は「従順な身体」となっていったと言えます。そしてこれは、囚人にある変化を起こします。囚人は自分の身体を自分で統制する(=規律に従う)ことで、自らの心も同時に律し始めるのです。規則正しい生活が心を整える、と言うと響きは良いですが、「朝6時に起きなければならない」とか「この時間は運動をしなければならない」という規律に(身体的に)従わせることは、「それに従わないといけない」という心の拘束を生み出します。

囚人は監視台から常に見張られている(Photo by Larry Farr on Unsplash)

19世紀に、画期的な刑務所が発明されました。「一望監視施設(パノプティコン)」と呼ばれるものです。独房というのは従来、横並びで配置されていて、そこを看守が監視するようなスタイルでした。ところが、このパノプティコンは独房を円形に配置して、その真ん中に監視台を付けたものです。そうすることで、囚人は常に自分が見られているかもしれないという不安を抱えることになりました。独房からは看守が自分を見ているかどうかわからない作りなので、脱走しようにもなかなかできないわけです。すると必然的に脱走しようという気も失せてきます。(北海道にある網走監獄もパノプティコン型と呼ばれることがあります)

フーコーは、パノプティコンで囚人が経験するのは、「自分が見張られているかもしれない」と常に不安に思い、規範的な振舞いをしてしまう自己審査だと言います。そしてこれは、監獄だけの話ではなく、学校や会社など、あらゆる組織にも当てはまります。

「模範的な行動をしなさい」という指示は、行動を規定する命令のように見えて、実は「模範的でありなさい」という心の規定でもあります。これは教育現場や職場などあらゆるところで見られるでしょう。

教室と監獄はある意味で同じである(Photo by Dom Fou on Unsplash)

さて、そうなると、私たちはウェルビーイングをどのように考えることができるでしょうか。

私たちは、この社会であらゆる組織に参加しています。そして、フーコーの議論で言えば、そこで私たちは心の更生/矯正を知らず知らずのうちに強制されているわけです。良いとされる立ち居振る舞いを無意識に自分に課し、そこから逸脱しないように自らを監視する。そのように生きる私たちは、どのようにウェルビーイングを実現できるのでしょうか。

常に自分で自分を律する生き方は理想的でありながら、辛くもあります。他人が作ったルールなら失敗したときに他人のせいにできますが、自分で作ったルールは自分以外の誰のせいにもできません。これは、ウェルビーイングでも同じかもしれません。つまり、誰かが示してくれた幸せを実現できなくてもいくらか諦めがつくかもしれませんが、自分で設定した幸せを自分で達成できなかったとき、その失敗を責める対象は自分自身になってしまいます。

ウェルビーイングを実現しようとして、かえって幸福度が下がる。フーコーのいう自己審査の概念からは、ウェルビーイングをめぐるジレンマが見えてきます。

正直、私はこのジレンマを解決する手段を持ち合わせていません。ですが、このジレンマこそ、「自己」という「個人」に押し付けずに、社会のなかで解決していけたら良いな、と私は考えています。

人々とともに考えるウェルビーイングを(Photo by Pavel Inozemtsev on Unsplash)

今回の連載は如何でしたでしょうか。バックナンバーはこちらからご覧頂けます。

[読者対話型連載]あなたにとってウェルビーイングとは何か

永島郁哉

1998年生まれ。早稲田大学で社会学を学ぶ傍ら、国際学生交流活動に携わる。2019年に公益財団法人イオン環境財団主催「アジア学生交流環境フォーラム ASEP2019」に参加し、アジア10カ国の学生と環境問題に取り組んだ他、一般社団法人アジア教育交流研究機構(AAEE)では学生スーパーバイザーを務め、ベトナムやネパールでの国際交流プログラム企画・運営を行っている。2019年9月より6か月間ドイツ・ベルリン大学に留学。

——Backstage from “ethica”——

今回の連載は、読者対話型の連載企画となります。

連載の読者と、執筆者の永島さんがオンラインオフ会(ZOOM)で対話をし、次の連載の話題や企画につなげ、さらにその連載を読んだ方が、オンラインオフ会に参加する。という形で、読者との交流の場に育てていければと思います。

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ethica編集部

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