【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (第2話)新天地
独自記事
このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram
【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (第2話)新天地

サラヤ株式会社の社屋(2025年6月/大阪市東住吉区) Photo=Eijiro Toyokura ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

この物語は、大阪を拠点とする一企業・サラヤが20年にわたり、ボルネオという地で環境保全活動に取り組んできた軌跡を一人のサラリーマン・廣岡竜也の目線から辿った記録である。

人と地球にやさしい「ヤシノミ洗剤」を生み出したサラヤが、環境を破壊しているという誤解を受けたことが発端となり、次々と困難が立ちはだかるも、諦めない者たちの熱い想いを通して、継続することの大切さと報徳の精神を余すことなく小説化したものである。

プロローグ「(序章)最初の関門」から読む>>>

(第2話)新天地

広告代理店を退職してから心機一転、2001年にサラヤに転職した廣岡竜也が配属された宣伝部では上司となる代島裕世が待っていた。宣伝部、とは言っても形として総務と広告を兼務している部長が上に置かれ、実質的には代島と事務担当の二名(ほぼ代島のおひとり様)体制だった。そして同フロアには商品企画の社員らが肩を並べているという、何とも小所帯感な職場であることが印象的でまず驚いた。

今でこそ、大手の病院では必ずと言っていいほど目にするサラヤの衛生商品だが、当時はまだメディカル領域へは参入したばかりであり、もっぱら食品関連企業の衛生管理を扱う食品衛生部と公共機関や官公庁、一般企業の衛生商材を扱う公衆衛生部が事業の主軸を担っていた。そして廣岡の入社のきっかけとなった「ヤシノミ洗剤」などの一般家庭用商品を扱う部門は一番小さな事業部であった。

時代はサラヤにとって追い風ともなっていた。5年前の1996年(平成八年)には、O157(オーイチゴーナナ)の名で今も人々の記憶にも残る、腸管出血性大腸菌O157が全国で大きな社会問題となった。これは牛などの家畜が保菌していることがあり、汚染された食肉からの二次汚染によってあらゆる食品が原因となる可能性があった。実際に牛肉のみならず、サラダや白菜漬け、井戸水からの食中毒事例もあり、感染した場合、重症だと脳障害を併発したり、最悪の場合は死に至るといったこともあり、人々を恐怖に陥れた全国的な一大事だったのだ。

そしてその予防はもっぱら手指の洗浄と消毒にあった。生野菜などはよく洗い、食肉は中心部まで十分に加熱すること。調理や食事の前は必ず石鹸で手を洗い、十分に消毒をすること。人々の衛生観念は向上し、手洗い消毒への意識が過去最高に高まった時流であり、サラヤの商品の売り上げもこの時に飛躍的にアップしている。

会社の業績の良さが影響しているのかはさておき、売上に対するノルマを課せられてキリキリしているといった様子もなく、職場の雰囲気が良かったことにまず廣岡はホッとした。前職の広告代理店では深夜残業や午前様が当たり前で、皆が胃に穴が空くような思いでノルマに追われていたことを思い出す。何でも屋のごとくあらゆる業務をこなしていたため、自分のノルマがないにしても、会社売上の締めや利益出しといったところまでもが廣岡の役目だった。なるべく利益を出して本社に報告するミッションが己に課せられていたため、毎月月末の集計の時には取引先に支払いを来月に動かしてもらえないかといった交渉を行うなど、精神的プレッシャーに背中を刺されるきりきり舞の日々だったのだ。それが一転、ここではどうだ。配属された宣伝部は売上ノルマを持っているわけでもなく、シビアに責任を追われることもない。肩の荷が降りて解放された心地がジワジワと広がっていくのを感じる。

「転職して良かった……!」

精神的にも肉体的にも楽になったと感じたのも束の間。どんな仕事にも越えるべきハードルはやってくるもの。別の意味で彼を翻弄させる試練がこの先待ち受けているのだった。

(第3話へつづく)

「(第3話)手探りの日々」を読む>>>

文:神田聖ら(ethica編集部)/企画・構成:大谷賢太郎(ethica編集長)

登場人物紹介

廣岡竜也(ひろおか たつや)

大学卒業後、広告代理店を経てサラヤ株式会社へ入社。広報宣伝部にて「ヤシノミ洗剤」「アラウ」「ラカント」など一般小売用商品のブランディングをはじめ、広告ディレクション、コピーライティングなどを手掛けるかたわら、ボルネオ環境保全活動にも携わり、広報活動を担当。個人としても数多くの広告賞を受賞している。

 

代島裕世(だいしま  ひろつぐ)

早稲田大学第一文学部卒。塾講師、雑誌編集、ドキュメンタリー映画制作、タクシー運転手などを経験した後、1995年サラヤ株式会社へ入社。取締役 コミュニケーション本部長。商品企画、広告宣伝、戦略PRを担当。認定NPO法人ボルネオ保全トラスト・ジャパン理事。 2010年から途上国の衛生環境化以前の取り組みとして東アフリカでSARAYA100万人の手洗いプロジェクト」、「SARAYA 病院で手の消毒100%プロジェクト」、「SafeMotherhood プロジェクト」を立ち上げた。

参考文献

厚生労働省.“腸管出血性大腸菌O157等による食中毒”. 政策について. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/daichoukin.html

東京都保険医療局. “腸管出血性大腸菌”. 食品衛生の窓.
https://x.gd/OmPAl

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

ethica編集部

このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram
【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (第1話)逆張り者
独自記事 【 2025/9/5 】 Work & Study
この物語は、大阪を拠点とする一企業・サラヤが20年にわたり、ボルネオという地で環境保全活動に取り組んできた軌跡を一人のサラリーマン・廣岡竜也の目線から辿った記録である。 人と地球にやさしい「ヤシノミ洗剤」を生み出したサラヤが、環境を破壊しているという誤解を受けたことが発端となり、次々と困難が立ちはだかるも、諦めない者た...
【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (序章)最初の関門
独自記事 【 2025/8/31 】 Work & Study
この物語は、大阪を拠点とする一企業・サラヤが20年にわたり、ボルネオという地で環境保全活動に取り組んできた軌跡を一人のサラリーマン・廣岡竜也の目線から辿った記録である。 人と地球にやさしい「ヤシノミ洗剤」を生み出したサラヤが、環境を破壊しているという誤解を受けたことが発端となり、次々と困難が立ちはだかるも、諦めない者た...
持続可能な酪農の実現を支える明治の取り組みと、乳業の歴史
sponsored 【 2025/9/3 】 Food
乳製品やチョコレートなどの食品を取り扱うメーカーである明治(Meiji)。大ヒット商品でもある「明治おいしい牛乳」や「明治ブルガリアヨーグルト」などは冷蔵庫に常備され、マストアイテムになっている…なんて家庭も多いのでは?そんな私たちの日常生活に欠かせない明治グループは、2021 年から「健康にアイデアを」をグループスロ...
【単独取材】料理に懸け30年、永島健志シェフが語る美食哲学
独自記事 【 2025/10/9 】 Food
この取材は、かつて学校が苦手な不良少年だった、永島健志さんが、料理という表現と出会い「世界のベスト・レストラン50」で世界1位を5度獲得したスペインのレストラン「エル・ブリ」で修業し、帰国後に体験型レストラン「81」を立ち上げた貴重な経験を語って頂いたものである。
アラン・デュカス氏が登壇「ダイナースクラブ フランス レストランウィーク2025」 記者発表会レポート
INFORMATION 【 2025/9/15 】 Food
今年で開催15回目となる「ダイナースクラブ フランス レストランウィーク」は、少し敷居が高いと感じてしまう人もいるフランス料理を、馴染みのない人にも楽しんでもらいたいという思いから誕生したグルメフェスティバルです。期間中(9月20日〜10月20日)は、参加しているレストランにて特別価格で、本格的なフレンチのコース料理を...
水原希子×大谷賢太郎(エシカ編集長)対談
独自記事 【 2020/12/7 】 Fashion
ファッションモデル、女優、さらには自らが立ち上げたブランド「OK」のデザイナーとさまざまなシーンで大活躍している水原希子さん。インスタグラムで国内上位のフォロワー数を誇る、女性にとって憧れの存在であるとともに、その動向から目が離せない存在でもあります。今回はその水原さんに「ethica」編集長・大谷賢太郎がインタビュー...
【ethica Traveler】連載企画Vol.1 宇賀なつみ サンフランシスコ編(序章)   
独自記事 【 2024/1/24 】 Work & Study
「私によくて、世界にイイ。」をコンセプトに2013年に創刊した『ethica(エシカ)』では、10周年を迎える節目にあたり、エシカルでサステナブルな世界観、ライフスタイルをリアルに『感動体験』する場を特集しています。  今回は、カリフォルニア州サンフランシスコ市のエシカルな取り組みを取材!エシカ編集部と共にサステナブル...
【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (第2話)新天地
独自記事 【 2025/9/25 】 Work & Study
この物語は、大阪を拠点とする一企業・サラヤが20年にわたり、ボルネオという地で環境保全活動に取り組んできた軌跡を一人のサラリーマン・廣岡竜也の目線から辿った記録である。 人と地球にやさしい「ヤシノミ洗剤」を生み出したサラヤが、環境を破壊しているという誤解を受けたことが発端となり、次々と困難が立ちはだかるも、諦めない者た...

次の記事

神戸異人館で愉しむ「宵のアフタヌーンティー」
【連載】季節のプラントベースレシピ(第32話)「ふたつの味わいを楽しむ、米粉で作るかぼちゃのニョッキ」

前の記事

スマホのホーム画面に追加すれば
いつでもethicaに簡単アクセスできます