【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (序章)最初の関門
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【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (序章)最初の関門

野生のボルネオゾウの群れ(2025年6月/ボルネオ島) Photo=Kentaro Ohtani ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

この物語は、大阪を拠点とする一企業・サラヤが20年にわたり、ボルネオという地で環境保全活動に取り組んできた軌跡を一人のサラリーマン・廣岡竜也の目線から辿った記録である。

人と地球にやさしい「ヤシノミ洗剤」を生み出したサラヤが、環境を破壊しているという誤解を受けたことが発端となり、次々と困難が立ちはだかるも、諦めない者たちの熱い想いを通して、継続することの大切さと報徳の精神を余すことなく小説化したものである。

(序章)最初の関門

2004年8月。サラヤ株式会社に勤める廣岡竜也は大いに悩んでいた。広報宣伝部で商品広告の企画や実行を担うと同時に広報活動も任されていた廣岡の元に、会社の代表である更家悠介氏へのインタビューを打診するテレビ番組出演の話が持ち込まれたのだ。大手の同業他社が有する圧倒的な広告宣伝費には到底叶わず、鼻からその土俵での勝負を放棄している中小企業の身からすれば、テレビ番組のインタビューは願ってもない話だ。通常なら。だが問題は、その内容だった。

その番組とは、テレビ朝日系列で1997年から2009年まで12年に渡って放映されていた『TOYOTA ECOシリーズ 素敵な宇宙船地球号』。地球温暖化や大気汚染など地球の環境をめぐる問題が悪化する中で、地球を守るにはどのような対策を講じれば良いのかを、世界各地の事例を用いながら考える、真面目な情報ドキュメンタリー番組だった。

世界各地で野生動物や自然を取り上げながら、環境に関する数々の題材を取り上げてきた番組プロデューサーがその時、次のテーマに選んだのは、ボルネオ島固有のゾウ、ボルネオゾウだった。

日本人にはあまり馴染みがないであろう、ボルネオ島。(別名でカリマンタン島という二つの名前をもつ)この島は、面積が日本の1.9倍で大きさは世界で3番目の面積を有しており、マレーシア、インドネシア、ブルネイの3か国で領有されている。平均気温は年間を通じて25~30度、湿度は70~80%という熱帯雨林気候で、世界でも屈指の多様さを誇る熱帯林に覆われているこの地には、ウンピョウ、テングザル、オランウータンといった希少な動物たちをはじめとする多くの生物種が生息している。その数、実に地球上の5%の生物種に至るというから驚きである。さらにはボルネオ島でしか見られない固有種も多く、まだ知られていなかった新種の発見が報告され続けており、この地の持つ特性が、いかに多様な生物にとっての楽園であるかということがうかがい知れる。

しかし、いつの時代も未開発の地に目を付けるのが人間だ。そんな生物たちにとっての楽園が脅かされていた。その理由の一つがアブラヤシ農園の開発だった。アブラヤシの実から取れるパーム油は汎用性が高く、日本では特にチョコレートやポテトチップス、マーガリンやインスタントラーメン、冷凍食品、といった食用に多く使われている実は身近な原料であり、世界的な需要の大きさに合わせて現地のプランテーションはどんどん拡大され、自然破壊が進行していた。

そんなボルネオ島の現状を受け、行動に出たのが先に紹介したドキュメンタリー番組のスタッフである。彼らは、アブラヤシ農園が拡大したことで、結果的に被害を被っている怪我を負った多くの野生のゾウを取り上げた。ゾウが怪我をしてしまうのは罠にかかるからだった。アブラヤシ農園で働く労働者は移民や不法移民といった人たちが多く、貧しい生活のなかで食べ物にも困窮しており、食糧を確保するためにイノシシやシカなどの小動物を捉えようと日常的に罠を仕掛けていたのだ。その罠に図らずしもゾウが捉えられてしまう。また、アブラヤシの葉や新芽はボルネオゾウにとっての食糧にもなってしまうため、その存在が駆除対象となってしまっていたこともあり、二重の点でボルネオゾウが傷付けられる結果となった。

そうした現状に問題提起をする形で、「素敵な宇宙船地球号~小象の涙」というタイトルを冠し、番組の制作が決定されたのだった。番組スタッフは、パーム油を原料として使って製品を作る企業のコメントが必要と考え、出演者を探していたと言うわけだ。

「え……、これってサラヤですか?」

植物原料を使っているのはうちだけではないじゃないか、と言う考えが廣岡の頭をよぎる。それこそ、インタビューに答えるのであれば他のもっと大手企業の方がふさわしいのでは?

「……一旦、こちらで預からせていただきます」

ひとまずその場では回答を保留にし、電話を切った。ただ、廣岡の念頭にあったのは、決してこれは良い話にはならないだろう、と言う不安だった。なにしろ、原料の生産地で起きている環境保全問題の話でコメントがほしい、だ。どう考えてもネガティブになる気しかしない。

兎にも角にも、まずは社長へ報告だ……。これが、転職組だった廣岡がサラヤに中途で入社してから最初の関門とも言える出来事の幕開けである。

(第1話へつづく)

「(第1話)逆張り者」を読む>>>

文:神田聖ら(ethica編集部)/企画・構成:大谷賢太郎(ethica編集長)

登場人物紹介

廣岡竜也(ひろおか たつや)

大学卒業後、広告代理店を経てサラヤ株式会社へ入社。広報宣伝部にて「ヤシノミ洗剤」「アラウ」「ラカント」など一般小売用商品のブランディングをはじめ、広告ディレクション、コピーライティングなどを手掛けるかたわら、ボルネオ環境保全活動にも携わり、広報活動を担当。個人としても数多くの広告賞を受賞している。

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

ethica編集部

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