【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (第1話)逆張り者
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【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (第1話)逆張り者

セピロックオランウータンリハビリセンターに訪れた廣岡竜也氏(2025年6月/ボルネオ島) Photo=Kentaro Ohtani ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

この物語は、大阪を拠点とする一企業・サラヤが20年にわたり、ボルネオという地で環境保全活動に取り組んできた軌跡を一人のサラリーマン・廣岡竜也の目線から辿った記録である。

人と地球にやさしい「ヤシノミ洗剤」を生み出したサラヤが、環境を破壊しているという誤解を受けたことが発端となり、次々と困難が立ちはだかるも、諦めない者たちの熱い想いを通して、継続することの大切さと報徳の精神を余すことなく小説化したものである。

プロローグ「(序章)最初の関門」から読む>>>

(第1話)逆張り者

あえての逆張りか、天邪鬼か。廣岡竜也が人生の帰路で選択する時の基準は、大抵が「逆を選ぶのが面白いじゃないか」だった。

静岡出身の廣岡は高校では進学校に通い、そこで美術部に入部。じつは陸上も得意とし、体育の授業ではインターハイレベルの記録を出すことから、陸上部の顧問から転部の誘いを受けるほどだった。にもかかわらず「運動部じゃない人間が、運動部よりいい記録を出す方がかっこいい」と文化部を選ぶような学生だった。また油絵を描く傍ら、映像好きが高じて映画やアニメの制作をしたりと、既成概念にとらわれない方を好んだ。いざ大学受験という時期になり、他の同級生と同様に国公立を受けるとしても、滑り止めを考えなければならない。どうせだったら滑り止めは全く違うところを受けたい。そんな思いのもと専攻を決めるうえで、美術と言う一つの選択肢を考えたときに迷いが生じる。

「やっぱり絵で飯は食えないよなぁ……」

天才でないことは重々承知の上で、絵を生業にするつもりは毛頭ない。でも自分にはもう一つ、映像が好きだと言う思いもある。そうだ、メディアを仕事にできないだろうか。

さらに「同級生たちはほとんどが東京に行く。なら、あえて逆に行ってみるか」と考え、大阪芸術大学に希望に近しい学科があるのを見つける。それが放送学科、映像学科の2つ。

「映像学科かぁ。でも映画も斜陽産業って言われてるもんな……」

当時はビデオの普及やテレビも台頭する中で、映画産業の未来は決して明るくないと言うのが時代の見解だった。先細りの業界に飛び込んだところで、自分の人生が上手く行く保証はない。映像もやはり食えなそうだ。だが、マスコミならどうだ?このフィールドならこれからどんどん賑やかになっていく様子がイメージできる。「行くなら、こっちか!」

そうして選んだ滑り止めのつもりだった芸大は結果的に本命となった。静岡から大阪へ、あえての西進(せいしん)は、後の廣岡の、逆へ進む方が面白いという価値観の人生をまさに物語るような第一歩であったとも言える。

大学生活を経て就職活動ではマスコミ、テレビ局を中心に活動するも、三流私大のレッテルが邪魔をして、そう簡単にことは進まない。そんな中で内定をもらった小さな広告代理店に勤めることに決めた。そこは印刷会社を持っていると言う少し特殊な代理店で、メインの市場はホテル・旅館、といった観光業界だった。そこのパンフレットやチラシを作ることがメインの業務になってくる。しかし、不運にもバブルが弾けた時代と重なり、個人の旅行や、法人の社員旅行も激減していたことから観光業界にも影が差しはじめていた。

もとより学生時代から先見的な視点で道筋を決めてきた廣岡である。この先、この業界にいるのも厳しいな…、と不安を感じ始めていた。さらに追い討ちをかけるように、退職者が増えたことで慢性的な人手不足に陥り、廣岡の業務内容は増大していた。営業やディレクション業に、支店の運営業務まで。もはや何でも屋のごとく業務を請負うのが常態化し、日付を超える深夜残業は日常茶飯事だった。最終的に、コップの水を溢れさせたのは当時まだ出始めだったインターネットに対する見解の相違である。「インターネットはオタクのもの。(だからうちではそちらに注力はしない)」と言うのが当時の会社の上層部の判断だった。この認識の食い違いが転機となる。「よし、転職するぞ!」

ここで生来の性分「あえて違う方を選ぶ」廣岡の性質が顔を覗かせる。キャリアを鑑みれば他の広告代理店を選択するのが妥当なところだが、そうではない仕事を探していた。求人募集を眺めていた時なんとなしに目に入ったのが「ヤシノミ洗剤のサラヤ」と言う文字だった。

「ヤシノミ洗剤か。この洗剤、知ってるな!」

なぜかは分からないが直感で、おもしろそうな会社だ、と思う。ここらでメーカー側に行ってみるのも興味深い。進学校から大阪芸大へ進んだ時点で、自分の学歴はすでに王道路線の誇れるそれでもない、と言う気持ちがあった。「有名でないところから上に上がる、いわゆる下克上をしてやろうじゃないか」そんな野心が沸々と込み上げるのを感じていた。ヤシノミ洗剤のサラヤと言う会社も、決して大きな会社ではない。小さなところを大きくしていくのは面白そうではないか。

そんな思いから、募集枠が人事であったにも関わらず応募した。前職で何でも屋さんと化していた自信から、何でもやれます!とアピールしたのは良いものの、やはりこれまでの経験を買われ、ちょうど前任者が辞めることで空きが出ていた宣伝部への配属を打診され、見事採用となる。

入社し配属された先で上司となったのは、同じく学生時代に映像制作に惹かれ自主制作をしながらもルポのためにタクシー運転手をしていた若い時分に、何とそのタクシーの中でサラヤの更家会長から、社員にならないかとスカウトされたと言う異色の経歴の持ち主、代島裕世だった。のちに会社の取締役となる重要人物・代島との出会いである。

(第2話へつづく)

「(第2話)新天地」を読む>>>

文:神田聖ら(ethica編集部)/企画・構成:大谷賢太郎(ethica編集長)

登場人物紹介

廣岡竜也(ひろおか たつや)

大学卒業後、広告代理店を経てサラヤ株式会社へ入社。広報宣伝部にて「ヤシノミ洗剤」「アラウ」「ラカント」など一般小売用商品のブランディングをはじめ、広告ディレクション、コピーライティングなどを手掛けるかたわら、ボルネオ環境保全活動にも携わり、広報活動を担当。個人としても数多くの広告賞を受賞している。

 

代島裕世(だいしま  ひろつぐ)

早稲田大学第一文学部卒。塾講師、雑誌編集、ドキュメンタリー映画制作、タクシー運転手などを経験した後、1995年サラヤ株式会社へ入社。取締役 コミュニケーション本部長。商品企画、広告宣伝、戦略PRを担当。認定NPO法人ボルネオ保全トラスト・ジャパン理事。 2010年から途上国の衛生環境化以前の取り組みとして東アフリカでSARAYA100万人の手洗いプロジェクト」、「SARAYA 病院で手の消毒100%プロジェクト」、「SafeMotherhood プロジェクト」を立ち上げた。

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

ethica編集部

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