【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (第3話)手探りの日々
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【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (第3話)手探りの日々

ラブックベイ テングザル保護区に訪れた廣岡竜也氏(2025年6月/ボルネオ島) Photo=Kentaro Ohtani ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

この物語は、大阪を拠点とする一企業・サラヤが20年にわたり、ボルネオという地で環境保全活動に取り組んできた軌跡を一人のサラリーマン・廣岡竜也の目線から辿った記録である。

人と地球にやさしい「ヤシノミ洗剤」を生み出したサラヤが、環境を破壊しているという誤解を受けたことが発端となり、次々と困難が立ちはだかるも、諦めない者たちの熱い想いを通して、継続することの大切さと報徳の精神を余すことなく小説化したものである。

プロローグ「(序章)最初の関門」から読む>>>

(第3話)手探りの日々

前任者がたまたま辞めるタイミングに運よく入れ替わる形でサラヤの宣伝部に転職することができた廣岡だったが、入社して早々に最初の苦労が待っていた。まず引き継ぎの段階で中途社員教育という仕組みがない現実に直面する。前任者は、たとえばパソコン上に何が入っているかということや、広告の依頼が各事業部から降りてくるから、それから原稿を作ってデザイン部に依頼し納品する、といった広告の手配をおこなうなどの大まかな流れや会社の仕組みこそ教えてくれたものの、基本的には経験者としての廣岡にそれ以上の説明は不要だと判断したようだった。今でこそ転職組にも教育制度が設けられているが、当時はそうした制度もなく、業務に関する詳しい説明もないまま事業部からは簡潔な業務依頼が届くのみだ。

「『業務用ディスペンサーの広告を手配しておいてください。』って依頼されても、そもそも広告を作る以前にこの商品のことを知らないんですけど……!」

とりあえず資料の場所を聞いてみると、今いるところとは別の建屋にあるという。

「……え、説明終わり!?連れて行ってもらえないのかよ〜!」

当時のサラヤは本館、新館、別館と、徒歩圏内の範囲にビルが点在しており、廣岡がいるのは本館だった。仕方なく、教えてもらった新館3階へ向かい、初めて足を踏み入れる場所で見たことのない資料を探す……。丁寧に教えてくれる状況が来るのを待っていても仕方がない。ここでは自分で動いて自分で掴まないと何も出来ないぞ、ということを早々に悟った瞬間である。

そんな手探りの毎日の中、後々の長い社会人生活にも大いに活きることになる処世術を発見したのもこの頃だった。廣岡が所属する宣伝部の実質的な責任者は課長代理の役職を持つ代島だが、組織上は総務部の部長が兼任しているような形だった。そしてその部長が毎晩、同期である他部署の部長たちと飲みに繰り出しており、廣岡はそれにくっついていくことにしたのだ。そこで財務部長、デザイン部長、資材部長など、さまざまな部署の部長たちと会うだけでなく、その下で働いている他部署の社員たちとも交流ができた。

「すみません、前回のあの資料ってありますか?」

「おー、ここにあるで!」「あとは他に、こんなのもやってたで〜!」

社内でキーマンとなる人たちと知り合いになれた効果は絶大で、良好な人間関係が作れたおかげで話を通しておいてくれたり、業務上のやり取りもスムーズに進んだり、といったことが徐々に増えていき、当初に比べて働き方がグッと楽になったことに廣岡は手応えを感じていた。

そんな調子で業務をこなしながら月日がたち、入社してから2年が経ったあるとき、大阪のテレビ局からサラヤの歴史をドキュメント形式の再現ドラマで紹介したいという依頼が舞い込んだ。今でこそ、大阪ではある程度の知名度を持つサラヤだが、当時のサラヤは数ある中小企業の一つ。そんなサラヤがテレビに取り上げられる機会などめったにない。ここはしっかりとモノにしなくては。と、様々な部署や取引先に取材協力を依頼し、全ての取材に帯同する一方、通常の広告業務も続けていた廣岡は密かに身体の不調を感じていた。しかし完成するまでは、と身体に鞭を打ち、なんとか気力で持たせて、無事に撮影が終わったタイミングだった。

「あれ……、起き上がれない……。」

朝、異常を感じた身体は高熱に侵されていた。そのまま救急車で病院へ運ばれ検査したところ、重度の肺炎を起こしていることを医師から告げられ、即刻入院。さらにはインフルエンザも併発し、治るまでは絶対安静だった。

「廣岡さん、危ないらしい……!」

廣岡が入院している間に、社内でまことしやかに囁かれていた噂バナシに直属の上司である代島も気が気ではなかった。あわやと思われた廣岡だったが、そこから無事に回復し、退院の運びとなる。身体が資本、を実感した出来事であった。

(第4話へつづく)

「(第4話)至難の業」を読む>>>

文:神田聖ら(ethica編集部)/企画・構成:大谷賢太郎(ethica編集長)

登場人物紹介

廣岡竜也(ひろおか たつや)

大学卒業後、広告代理店を経てサラヤ株式会社へ入社。広報宣伝部にて「ヤシノミ洗剤」「アラウ」「ラカント」など一般小売用商品のブランディングをはじめ、広告ディレクション、コピーライティングなどを手掛けるかたわら、ボルネオ環境保全活動にも携わり、広報活動を担当。個人としても数多くの広告賞を受賞している。

 

代島裕世(だいしま  ひろつぐ)

早稲田大学第一文学部卒。塾講師、雑誌編集、ドキュメンタリー映画制作、タクシー運転手などを経験した後、1995年サラヤ株式会社へ入社。取締役 コミュニケーション本部長。商品企画、広告宣伝、戦略PRを担当。認定NPO法人ボルネオ保全トラスト・ジャパン理事。 2010年から途上国の衛生環境化以前の取り組みとして東アフリカでSARAYA100万人の手洗いプロジェクト」、「SARAYA 病院で手の消毒100%プロジェクト」、「SafeMotherhood プロジェクト」を立ち上げた。

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

ethica編集部

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