【連載】八ヶ岳の幸せ自然暮らし(第30話)アート×好奇心 八ヶ岳の新名所「GASBON METABOLISM」が生み出すエネルギー
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【連載】八ヶ岳の幸せ自然暮らし(第30話)アート×好奇心 八ヶ岳の新名所「GASBON METABOLISM」が生み出すエネルギー

藤原彩人 個展「像化する景色」展示風景

2022年、山梨県北杜市明野の1000平米以上もの広大な工場跡地に誕生した「GASBON METABOLISM」(ガスボン メタボリズム)。

国内外のアーティストやクリエイターに活動の場を提供するとともに、週末は倉庫開きとして一般開放しています。作品の鑑賞はもちろんのこと、敷地内にはクラフトビールの工場、食堂、アンティーク家具のショップも併設され、多目的な体験ができるユニークな複合施設で、県内外から注目を集める八ヶ岳の新名所です。

また、地域を巻き込んだイベント開催にも積極的で、アート×好奇心×地元の文化の融合がもたらす相乗効果に期待が寄せられています。

今回は、「GASBON METABOLISM」(以下ガスボン)の代表、西野慎二郎さんにインタビュー。八ヶ岳という選択肢から生まれたもの、そして、ガスボンを通して伝えたいこと、さらに「私にも世界にもイイ」豊かな生き方のヒントを伺いました。

GASBONの名に込めた思い。「新陳代謝」と「自由なアトリエ」構想

2022年8月、長年多くの人に愛された三脚メーカー「ベルボン(Velbon)」の工場跡地を再生し、ギャラリー、アーティスト・イン・レジデンス、倉庫の機能を合わせ持つ「GASBON METABOLISM」が誕生しました。“metabolism”とは、直訳すると新陳代謝のこと。生物が古いものを排出して新しいものを取り入れ、常に生まれ変わる生命活動を意味する単語です。この施設名には、どのような想いが込められているのでしょう。

左:AUTOMOAI バルーン 右:山口正樹「Hold Me Tight」

「ここ数年、ビジネスの世界では、デザインシンキング(課題解決)やアート思考(自己の探求)といった思考法が注目され、商業的な側面ではアート市場そのものも、活況を呈しているように見られてきました。

ですが、私がこの地で実現したいのは、マーケット主導の狭いアート概念を超えた“より広い意味でのアート”を具現化する場をつくることです。それは、単に作品を展示することだけにとどまりません。具体的には、アーティストの支援や、地域社会との交流といった、日常の営みから生まれる創造的な活動全般を指します。生き方そのものにつながるような、広くて多様な可能性を秘めたアートを追求し、それが次の世代へと引き継がれていく、新しい流れを生み出したいと考えています」

ガスボン代表の西野さん。昭和レトロな雰囲気が漂う、三脚メーカーの工場跡地をギャラリーにリノベーションし、数々のイベントを開催してきた

かつて、地方の国立大学の教員養成課程の美術科に在籍していた西野さん。当時は、絵画や彫刻、写真、金属加工など、いろいろな分野で学ぶ人が一緒になり、同じ空間で自由に制作する研究室があったと言います。

「この工場跡地を改修しているとき、あの時代のアトリエが原風景として思い浮かんできたのです。昭和の時代の美術系学科をもつ大学がそうだったように、24時間アトリエが開いているような、開放的で制限のない環境を再現したいと思いました」

施設名に「メタボリズム」と名付けたのは、アート、美術科教育、他の専門領域が融合する実験の場、それぞれの枠を超えて化学反応を起こすような場を作りたい、というイメージがあったから。ジャンルを超えてさまざまな人が集い、助け合い、刺激し合う、自由でワクワクするような空間を、ここ八ヶ岳で実現したいと考えたのです。

宮原嵩広「missing matter」

成田輝 個展「遠くのペラペラ」展示風景

アート作品のセレクトに見る「次元」と「継続のエネルギー」

ガスボンに展示された子供たちの作品や巨大な絵画、思わず目を凝らして見入ってしまうような超緻密な木版、映像、実験的生活空間、動物のオブジェetc.…。

施設の空気感そのものもアートの重要な要素となって、見る人の知的好奇心や五感を刺激します。

小林椋 個展「且ん凡ん目ん、あと皿」展示風景

西野さんが、「ガスボンでこの作品を展示したい」と感じるクリエイターに共通するものは何なのか。どのような視点で作家との関係を育み、ここに展示しているのか尋ねました。

「作品セレクトの軸は2つあって、1つには、アートにおける重要なテーマである時間や空間、次元の捉え方に注視しています。絵画、彫刻、映像といったそれぞれの表現媒体において、作家が『次元(ディメンション)』という概念をいかに深く掘り下げ、作品に多層的な広がりをもたせているか、という点に着目して作品を選んでいます。

奥 石板の作品:石毛健太/BIEN 「SCAN THE WORLD」 手前 犬の作品:NAMPEI AKAKI

もう一つの軸は、1996年から新しいアートとデザインのアイデアを発信している媒体・プロジェクト『GASBOOK』の運営を通して培った、アーティストとの強固な関係性です。国内外の多くの作家たちと接点をもち、彼らの表現が変化していくのを見てきた中で、その作品や活動を、ここで紹介したいという思いがありました」

また、長年のクリエイティブな活動で培われたガスボンならではの視点に加え、もうひとつ、西野さんが作品と作家を貫く共通の基準として強調するのが、「継続していくエネルギー」です。

80代作家に見る、流行に流されない「継続のエネルギー」

「たとえば、大先輩である80代の作家の方の作品をみると、圧倒されるほどのエネルギーを感じます。その根底には、『今、世の中でこれが流行っているからこの表現をしよう』といった発想が一切感じられません。

むしろ、一時的なブームやマーケット主導の動向からは、明確に距離を置いているように見えます。この『継続のエネルギー』が、創造力の源泉だと思います」

自分の創作を掘り下げ続ける純粋な姿勢。時間と経験の地道な積み重ねによって確立された、確固たる決意と揺るぎない自信こそが、普遍の価値を生み出す鍵になる、と語ってくれました。

西野さん後方:オーガミノリの作品 「作品を見て、すぐに理解しようとすることより、心が動くという体験自体が、素晴らしいアート経験」と西野さんは言う

作品と向き合うとき、鑑賞者はどのような「姿勢」で対峙したら良いのか。西野さんは、アートの知識を深めることよりも、鑑賞者自らが「能動的に体験する」ことこそが重要だと語ります。

「作品を見てすぐに理解しようとか、分かろうとすることは、必ずしも大切ではないと考えています。知識として理解したことが、何かを獲得したことにはならないからです。むしろ、なぜだろうと、深く自らに問い続けること。これこそが、作品と向き合う際の本質的な価値の一つだと私は思っています。

たとえ作家の意図と異なる感覚が湧き上がってきたとしても、心が動くという体験自体が、素晴らしいアート経験です。説明を聞いて知識を得るというよりは、この空間や作品に対する純粋な驚きを、まずご自身の感覚で経験してほしいという思いが、私の中に強くあります」

八ヶ岳の魅力と、地域に根ざす「ガスボン」の活動

八ヶ岳の豊かな自然と一体となったこの創造的な拠点で、夏には盆踊り大会、秋にはブックフェアなど、多彩なイベントが数多く行なわれました。地域コミュニティの活性化と文化への貢献に対し、西野さんは特別な思いを抱いているのです。

「八ヶ岳の地域コミュニティに深く根ざし、参加していきたいという強い願いをもっています。この地には、古くから暮らす地元の方々と、この自然に魅了され移住されて来た方々が共存しています。

ガスボンの入り口にオープンしたカフェ「HALENOBON」。武川町にある「ハレノボンラボ」で毎朝焼いたアメリカンスタイルのマフィンやスコーン、ケーキなどが並ぶ

とくに、新しく地域に加わった方が、移住先を訪ねてくれたご友人を連れてガスボンに来てくださったり、コミュニケーションの幅を広げるハブとして、この場所を活用したりしてくださることも、大変ありがたく感じています。この場所を通し、地域の方々にも『面白い』と感じてもらえるような活動をこれからも模索していきたいですね」

ここで培ったアートへの考え方や地域へのアプローチを、多くの人々と共有していきたいと今後の構想を語る西野さん。

「さまざまな人々と機能がシェアできるこの空間で、実験的に試しているアプローチを公共・民間を問わず、日本全国の仲間たちと連携し、その可能性を拡大していきたい。ここ八ヶ岳での知見と実践を共有する、開かれた『プラットフォーム』になりたいと考えています」

ガスボン運営の喜びと西野さんにとって「私によくて世界にイイ。」こと

エシカのコンセプトである「私によくて世界にイイ。」ガスボン運営の活動がもたらす喜びや充実感について、西野さんは、

「“私にとって良いこと”として、まずは『新陳代謝(メタボリズム)』という考え方にたどり着けたことですね。それは自分にとってとても幸運でした。より本質的に、フラットに物事を捉え直す視点になりました。

これによって、私自身が一つの生命体として、次の世代の子どもたちへの橋渡しになれるという、エゴを超えた価値観にチャレンジする覚悟ができました」

今までの経験を礎に、新しい時代に向けた種まきへの決意。絶対的に『世界に良い』と言い切れる答えはないとしつつも、西野さんは、

「私たちがコンセプトに掲げる『新陳代謝』の姿勢が、結果として世界にとって良い方向に進むことを願っています。確固たる答えよりも、その志を何より大切にしたいと考えています」

そして最後に、

「来年もまた、ガスボンの変化と実験の続きを楽しみにしていてくださいね」と、笑顔で語ってくれました。

「地域に根差し、次の文化を育む存在になりたい」と語る西野さん。ガスボンの活動が、次の世代の子どもたちへの橋渡しになることを願っている

西野慎二郎(ガスアズインターフェイス株式会社 代表取締役)

1996年に「GASBOOK」創刊。新しいアートとデザインのアイデアを世界中から集める媒体として注目を集める。2004年に国内外のクリエイターと社会・企業を接合するプラットフォームとして同社設立し、2006年より東京 西麻布で「CALM & PUNK GALLERY」を運営。八ヶ岳・明野エリアに、アートの複合施設「GASBON METABOLISM」を2022年8月に始動させた。

取材を終えて

「胎内」への回帰、そして時空の旅へ

3000平米を超す巨大な空間。ミクロとマクロが交錯するギャラリーに一歩踏み入った瞬間、時空を越える旅がはじまる。

少し暗くて温かい。胎内で羊水に浮かぶような浮遊感に包まれ、記憶の底を揺さぶられる。既視感のある風景、会ったことのない誰かの表情。心は自然に過去と現在を行き来し、「何者か」「私はどこへ向かうのか」と問い続ける。

アート鑑賞とは、「答え探し」ではない。感じたままを享受し、「問い続ける」姿勢が、鑑賞体験を豊かに深める鍵だと西野さんは言った。

八ヶ岳という地で、歴史、自然、そして人々との根源的な「つながり」を深め、次世代への橋渡しを担うという壮大な挑戦。

私もまた、その探求の旅路を傍観し、言葉を綴ることで、わずかな光を灯せたらと願う。この問いの連鎖こそが、次なる時代を形づくる鍵となることを信じて。

今後の開催予定は、随時インスタグラムにて情報発信中です。

https://www.instagram.com/gasbon_gasbook/

今回の連載は如何でしたでしょうか。バックナンバーはこちらからご覧頂けます。

【連載】八ヶ岳の「幸せ自然暮らし」

記者:山田ふみ

多摩美術大学デザイン科卒。ファッションメーカーBIGIグループのプレス、マガジンハウスanan編集部記者を経て独立。ELLE JAPON、マダムフィガロの創刊に携わり、リクルート通販事業部にて新創刊女性誌の副編集長を務める。美容、インテリア、食を中心に女性のライフスタイルの動向を雑誌・新聞、WEBなどで発信。2012年より7年間タイ、シンガポールにて現地情報誌の編集に関わる。2019年帰国後、東京・八ヶ岳を拠点に執筆活動を行う。アート、教育、美容、食と農に関心を持ち、ethica(エシカ)編集部に参加「私によくて、世界にイイ。」情報の編集及びライティングを担当。著書に「ワサナのタイ料理」(文化出版局・共著)あり。趣味は世界のファーマーズマーケットめぐり。

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

山田ふみ

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