【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (第4話)至難の業
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【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (第4話)至難の業

ラブックベイ テングザル保護区に訪れた廣岡竜也氏(2025年6月/ボルネオ島) Photo=Kentaro Ohtani ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

この物語は、大阪を拠点とする一企業・サラヤが20年にわたり、ボルネオという地で環境保全活動に取り組んできた軌跡を一人のサラリーマン・廣岡竜也の目線から辿った記録である。

人と地球にやさしい「ヤシノミ洗剤」を生み出したサラヤが、環境を破壊しているという誤解を受けたことが発端となり、次々と困難が立ちはだかるも、諦めない者たちの熱い想いを通して、継続することの大切さと報徳の精神を余すことなく小説化したものである。

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(第4話)至難の業

先代の更家章太は、広告が好きだった。さらに、当時の広告と言えばテレビCMが主役。そのため、小さな会社にしては大きな広告を、費用を惜しまずに展開していた。1924年(大正13年)生まれの章太。1950年代に白黒テレビが、1960年にはカラーテレビが登場し、高度経済成長期の中で技術の発展を目の当たりにしてきた世代である。1990年にはハイビジョン映像のテレビ放送も始まった。そんな時代をリアルタイムに過ごす中で、テレビで、自社の商品がお茶の間に届けられる。そんな光景を、アメリカンドリームならぬ敗戦後のジャパンドリームとも言うべき輝かしい栄光に捉えたとしても不思議ではない。ことに、三重県南部の熊野市からスタートし、一代で会社を築き上げてきた身である。ビジネス界の荒波の中で田舎もんだのと舐められたくはない、という負けん気もあった。1971年にヤシノミ洗剤という一般消費者向けのアイコン的なプロダクトを生み出したことも相まって、当時のサラヤは数々のバリエーションで強気にテレビCMを行なっていたのだ。しかし、そんな広告展開に見合う売上を、ヤシノミ洗剤は上げることが出来なかった。なぜなら、大手競合企業たちのテレビCMに比べ、ヤシノミ洗剤のCM量は圧倒的に少なかったのだ。そのようなこともあり、売上に見合わない広告投資が経営を圧迫していたのである。そんな状況もあり、1998年に悠介が社長に就任し、決裁権を彼が握るというタイミングでサラヤの広告方針は大きく変わることとなる。

「代島、廣岡。お前ら二人は広告のプロだ。分かっていると思うが、これからは実際に売上に見合う広告予算に削減する。少ない予算でも売上が上がる効果的な広告をして欲しい。」

社長からの命を受けた宣伝部の二人に、異論は全くなかった。

「まぁ、当然と言えば当然の流れだな」

「そうですね。でも営業からは文句を言われるでしょうね〜、ハハッ……」

廣岡がそうこぼすのは、営業の主な業務である小売店で自社商品を販売してもらうためにバイヤーに商品を採用してもらうための商談が関係していた。スーパーやドラッグストアに、ヤシノミ洗剤が並んでいないことには売り上げもあったものではない。その商談の際、テレビCMをしているという事実には大きなアドバンテージがあるのだ。テレビでも放映しているあのCMの商品ですよ、それがこれだけの視聴率(GRP算出)ですよ、と言えることが彼らの強いカードになる。そんな営業の武器となるものを一つ奪ってしまうことになるのだから、現場から出る文句も一つや二つではおさまらないだろう。

「おいおい、CM入らんのに広告はどうするんや?」

「商談の時の数字は? ゼロって書けいうんかぁ〜!?」

案の定湧き出る、営業からのブーイングの嵐を真正面から受け止めるのも廣岡の役目だった。

「おっしゃる気持ちはわかりますが、決定した広告予算でテレビCMをしても効果が無いので。これからは雑誌をメインに売ります」

「ざっしぃぃぃ〜?」

「テレビがないなら、これからは雑誌に集中か」

代島の言葉に廣岡も深く頷く。社長から予算削減を指示された時から、次の手はすでに二人共に頭に浮かんでいたことである。

そもそもの前提として、サラヤの競合となる相手は、誰もが名前を知っているような大手企業ばかり。そんな、広告宣伝費も潤沢な巨人たちと同じ土俵で戦ったとて、効果が無いことは過去の実績が証明している。そもそもスタートラインに差があるのだ。だったら、テレビCMで商品名だけを多くの人に伝えるより、少なくてもヤシノミ洗剤を買ってくれる可能性のある人たちだけにターゲットを絞り込み、丁寧にコミュニケーションをする方が早く売上が上がるのではないか?

廣岡と代島の二人は、ヤシノミ洗剤の開発背景やコンセプトを理解した上で、そのストーリーに共感してくれる人たち、それは雑誌にいると確信していた。テレビで流れるCMを見る人にとって、その情報は実質ゼロ円である。それに引き換え、雑誌は500円なり1000円なり、お金を払って情報を買っている人たちが目にするものだ。対価を払って得ている情報だからこそ、丁寧に読み込んでくれる能動的な姿勢をもつ人たち。それだけではない。

「ヤシノミ洗剤はそもそも、手が荒れないってことで元々のロイヤリティが高いじゃないですか。その商品の価値をきちんと伝えることが、ゆくゆくは売上にもつながっていくのは間違いないはずですよ」

「ただ、課題を挙げるならここだな……。購買データの年代。中心は50代だからな」

「そうですねぇ。このままだと一緒に歳取って、ブランド自体の寿命も尽きちゃいますよね……」

メインターゲットを30代主婦にして、ブランドを若返らせること。そのために30代主婦が好む雑誌をメインに広告を展開すること。それが、二人が自然と導き出した今後の方向性だった。当時、エコやナチュラル系統の雑誌はすでに多く出ていて、そこでは値段もそれなりの、センス良くセレクトされた商品が各々紹介されていた。もの選びで雑誌を眺めて、良いものなら値段はあまり関係なく買うであろう人々。そんな読者像が思い描かれた。うちの製品のこだわりを理解してもらえればきっと買ってくれるはずだ……、と廣岡は確信していた。

そうして針穴を通すように的を絞った宣伝の効果は、じわりじわりと堅実に数字にも表れていった。大きな宣伝費を使いテレビで宣伝していた時と変わらない、費用対効果を考えればむしろそれ以上の売り上げの伸びがあり、文句を言っていた者たちも黙らせるだけの結果を出したのだ。自分たちの見立ては正しかったということは、廣岡の新たな自信にもつながった。

そんなある時、テレビ局から、社長の悠介へのインタビューを打診する番組出演の話が持ち込まれた。テレビの広告宣伝費を削減したとはいえ、向こうから依頼される出演依頼であれば願ってもない好機であり、通常ならぜひとも受けたい話である。しかしそうは問屋が卸さなかった。この内容が廣岡を悩ませ、のちにサラヤのターニングポイントともいうべき大難になるのだった。

(第5話へつづく)

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文:神田聖ら(ethica編集部)/企画・構成:大谷賢太郎(ethica編集長)

登場人物紹介

廣岡竜也(ひろおか たつや)

大学卒業後、広告代理店を経てサラヤ株式会社へ入社。広報宣伝部にて「ヤシノミ洗剤」「アラウ」「ラカント」など一般小売用商品のブランディングをはじめ、広告ディレクション、コピーライティングなどを手掛けるかたわら、ボルネオ環境保全活動にも携わり、広報活動を担当。個人としても数多くの広告賞を受賞している。

 

代島裕世(だいしま  ひろつぐ)

早稲田大学第一文学部卒。塾講師、雑誌編集、ドキュメンタリー映画制作、タクシー運転手などを経験した後、1995年サラヤ株式会社へ入社。取締役 コミュニケーション本部長。商品企画、広告宣伝、戦略PRを担当。認定NPO法人ボルネオ保全トラスト・ジャパン理事。 2010年から途上国の衛生環境化以前の取り組みとして東アフリカでSARAYA100万人の手洗いプロジェクト」、「SARAYA 病院で手の消毒100%プロジェクト」、「SafeMotherhood プロジェクト」を立ち上げた。

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

ethica編集部

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