【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (第6話)削除された核心
独自記事
このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram
【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (第6話)削除された核心

野生生物レスキューセンター「ボルネオ・エレファント・サンクチュアリー」(2025年6月/ボルネオ島) Photo=Kentaro Ohtani ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

この物語は、大阪を拠点とする一企業・サラヤが20年にわたり、ボルネオという地で環境保全活動に取り組んできた軌跡を一人のサラリーマン・廣岡竜也の目線から辿った記録である。

人と地球にやさしい「ヤシノミ洗剤」を生み出したサラヤが、環境を破壊しているという誤解を受けたことが発端となり、次々と困難が立ちはだかるも、諦めない者たちの熱い想いを通して、継続することの大切さと報徳の精神を余すことなく小説化したものである。

プロローグ「(序章)最初の関門」から読む>>>

(第6話)削除された核心

代島と廣岡が見守る中、ボルネオの環境問題を取り上げる番組の収録がスタートした。出演する作業着姿の悠介は、ボルネオで起きている問題と現地の状況がまとめられたVTRを真剣に見ていた。映像を見た上で、次に求められるのは悠介のコメントだ。パーム油を原料の一部として使っている洗剤メーカーの社長として、厳しい局面の中、話をしなければならない。

「ボルネオでこんな環境問題が起きているなんて知らなかった」

「ゾウさんやら何やらにも迷惑をかけています」

悠介が発したコメントはとても素直でシンプルな、心からの思いだった。

「我々としてはこの問題を知った以上は、なんらかの対策をちゃんと取っていこうと思います」

最後に、企業人としての責任を全うする意思を伝えることは忘れなかった。

とりあえず、出来る限りの誠意を持ってやるだけのことはやった……。覚悟を決めた以上、後は天に任せて成り行きを見守る他はなかった。

そして迎えた番組放映日。放送された内容では、悠介のコメントの後半部分、「対策を取っていこうと思う」旨の発言をした部分が、あろうことかカットされており廣岡は頭を抱えた。

「あの発言が大事な部分なのに……」

思ったよりも見え方が良くない方向に行っている……。廣岡の胸に暗雲たる思いが立ち込める。視聴者の反応がどう出るか心配だったが、その不安は的中した。次の日から、業務に支障が出るほどのクレームにつぐクレーム。まさに嵐が巻き起こったのだ。電話、手紙、メール……。あらゆる手段で番組を見た人々から厳しい意見が届けられる。

『“環境にやさしい”って言ってきたのに、そんなことが起きているなんて知らなかった』

『そういう油なのであれば、他の油を使ったらどうですか?』

『もう作るのをやめてくれ』

『信じていたのに裏切られた』

テレビを見たままの感想が主だって、こうした意見が集中的に次から次へとサラヤの元に送られてきたのである。

世間の負の反響と、それを受け止めるサラヤ側の衝撃には、ヤシノミ洗剤と言う商品が他とは違う特別なものを持っていたことも多分に影響していた。

1971年に誕生し、当時すでに30年の歴史があったヤシノミ洗剤は、誕生から「手肌と地球にやさしい」という、その時代としては稀有なコンセプトを持って生みだされた製品だった。高度経済成長期、当時主流であった石油系合成界面活性剤の洗剤の排水が環境を汚染していた中で、先代が環境を汚さない洗剤を作ろうという思いから、ヤシの油を原料とした植物系の台所用洗剤として開発した。さらには多くを業務用として作っているサラヤの製品の中でも、初めて家庭用として作ったと言う点でもヤシノミ洗剤は特別だった。製品が世に出てからは、石油系洗剤が安く流通している中で、高い植物系洗剤を、聞いたことのないメーカーが売っている。それも大手よりも五十円高い値段で。生意気だ、と言う心無い声が耳にも入ってきた。商談の際には「環境なんかでモノが売れるかよ」とあしらわれることもあった。それでも先代は、今に認めてもらえる時代がちゃんと来る……、と粘り強く商談を続け、売れていない中でも広告投資も惜しまずテレビCMを展開させ、認知を広げる努力を続けた。

環境配慮への取り組みは、植物系洗浄成分を使っているということだけにとどまらない。合成香料も着色料も洗浄力という洗剤の基本性能には無関係。それどころか余計な添加物は、手肌にも環境にも負担となるのだから入れない方が良いということから無香料・無着色とした。それ故に精製度の高い高価な原料を使用することになり、大手よりも高い洗剤になったということなのだ。さらに詰め替えパックを始めたのもヤシノミ洗剤が日本初だった。洗剤のボトルは石油から作られる。洗剤を使い終えるたびにボトルを捨てるのは石油資源の無駄遣いだし、ボトルのゴミがどんどん増えていってそれも環境問題に繋がってしまう。石油の省資源やプラスチックゴミを減らすと言う観点からどうすれば良いのか……。そう考えたときに、中身を詰め替えて使ってもらえば良いのではないかと気がついた。それが、今日では至極当たり前になっている詰め替えパックの始まりだった。

こうした背景を持つヤシノミ洗剤は、サラヤと言う企業の姿勢を示す、いわばフラグシップ商品なのである。強い思いを持って世の中に広めようと努力を続け、苦労を重ねながら売ってきた製品だからこそ、その愛おしさもひとしおだった。そして、ヤシノミ洗剤を贔屓にしてくれるようになったユーザー達も、たとえ他より高くても環境にやさしいのであれば、とヤシノミ洗剤のコンセプトに共鳴し、愛着を持って購入してくれている人が多かった。それゆえに、可愛さ余って憎さ百倍……かの如く失望や反感も大きかったのだ。そしてサラヤとしても、想いとは裏腹の結果が生まれてしまったことに大きなショックを受けたのだった。

「環境にやさしいと謳っていた洗剤が実は環境に悪いことをしていた」というようなセンセーショナルな響きがゴシップネタとしてはウケが良かったのか、ヤシノミ洗剤のせいでボルネオの環境が破壊されているという誤解が、これまでヤシノミ洗剤を知らなかった非ユーザーの間にも広く伝播してしまい、その後長きに渡ってその誤解が尾を引くことになるのである。

「心配していたことが起きました」

「これからどのように対応しましょう」

社長室で代島と廣岡は、悠介と顔を突き合わせ今後について話しあっていた。日頃、悠介の仕事への姿勢や、本気で環境のことを考えて事業に取り組むその心意を知っているからこそ、廣岡は悔しさとやるせ無さに苛まれる思いだった。番組に出演していたのがサラヤという洗剤メーカーの社長だったことも関係したのだろうが、食用油の問題が多分に絡んでいることにはフォーカスされなかった点にも一言物申したい気分だ。(と言っても、大手食品メーカーがスポンサーに名を連ねる以上は忖度(そんたく)が絡んで難しいハナシではあるだろうが……、サラヤがテレビCMを打たなくなったツケがこんな形で回ってくるのか!?)そんな悶々とした廣岡の気持ちも吹き飛ばすほど、続く悠介の態度は明快だった。

「なってしまったことは仕方がない。でも我々はこの現状を知った。知った上で、何をするのかやろ」

そもそもテレビで放送されたことが本当かどうかもわからない。ちっちゃい話を大きくしている可能性だってあるかもしれないではないか。本当にボルネオで熱帯雨林が伐採され、ゾウが傷付けられているのか?これをまず、しっかり現状把握することが大切だ。そう悠介は言い、方針が示された。

「ボルネオの調査が必要だ」

それが、サラヤが何十年にも渡って取り組むボルネオ保全活動の始まりの瞬間だった。

とはいえ、通常業務もあり、ボルネオの右も左も分からないサラヤの社員が急に現地に行けるはずもなく、ボルネオ調査のための適任人物を探す必要があった。そこで悠介は大学時代の友人であり、母校で社会貢献を教えていた中村安秀教授に事情を説明した。サラヤは今こういう問題に巻き込まれている。ボルネオのことを調べたいのだけれど、誰か現地へ行ってくれる人はいないだろうか……。そしてここから運命的な出会いが生まれた。

「うちに面白いやつがいる」

そのとき紹介されたのが中西宣夫。後にボルネオ保全トラストジャパンの理事も努めることになる、その人である。

(第8話へつづく)

「(第5話)困惑と覚悟」を読む>>>

文:神田聖ら(ethica編集部)/企画・構成:大谷賢太郎(ethica編集長)

登場人物紹介

廣岡竜也(ひろおか たつや)

大学卒業後、広告代理店を経てサラヤ株式会社へ入社。広報宣伝部にて「ヤシノミ洗剤」「アラウ」「ラカント」など一般小売用商品のブランディングをはじめ、広告ディレクション、コピーライティングなどを手掛けるかたわら、ボルネオ環境保全活動にも携わり、広報活動を担当。個人としても数多くの広告賞を受賞している。

 

代島裕世(だいしま  ひろつぐ)

早稲田大学第一文学部卒。塾講師、雑誌編集、ドキュメンタリー映画制作、タクシー運転手などを経験した後、1995年サラヤ株式会社へ入社。取締役 コミュニケーション本部長。商品企画、広告宣伝、戦略PRを担当。認定NPO法人ボルネオ保全トラスト・ジャパン理事。 2010年から途上国の衛生環境化以前の取り組みとして東アフリカでSARAYA100万人の手洗いプロジェクト」、「SARAYA 病院で手の消毒100%プロジェクト」、「SafeMotherhood プロジェクト」を立ち上げた。

 

更家悠介(さらや  ゆうすけ

1951年生まれ。1974年 大阪大学工学部卒業。1975年 カリフォルニア大学バークレー校修士課程修了。1976年サラヤ株式会社入社。工場長などを経て1998年 代表取締役社長に就任、現在に至る。日本青年会議所会頭、(財)地球市民財団理事長などを歴任。(特非)ゼリ・ジャパン理事長、(特非)エコデザインネットワーク副理事長、大阪商工会議所常議員、(公社)日本食品衛生協会理事、ボルネオ保全トラスト理事などを務める。2010年 藍綬褒賞、2014年 渋沢栄一賞受賞。モットーは、あらゆる差別や偏見を超えて、環境や生物多様性など地球的価値を共有できる「地球市民の時代」

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

ethica編集部

このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram
【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (第6話)削除された核心
独自記事 【 2026/3/22 】 Work & Study
この物語は、大阪を拠点とする一企業・サラヤが20年にわたり、ボルネオという地で環境保全活動に取り組んできた軌跡を一人のサラリーマン・廣岡竜也の目線から辿った記録である。 人と地球にやさしい「ヤシノミ洗剤」を生み出したサラヤが、環境を破壊しているという誤解を受けたことが発端となり、次々と困難が立ちはだかるも、諦めない者た...
持続可能なチョコレートの実現を支える「メイジ・カカオ・サポート」の歴史
sponsored 【 2025/3/19 】 Food
私たちの生活にも身近で愛好家もたくさんいる甘くて美味しいチョコレート。バレンタインシーズンには何万円も注ぎ込んで自分のためのご褒美チョコを大人買いする、なんてこともここ数年では珍しくない話です。しかし、私たちが日々享受しているそんな甘いチョコレートの裏では、その原材料となるカカオの生産地で今なお、貧困、児童労働、森林伐...
俳優のレオナルド・ディカプリオも出資するサステナブルなシャンパーニュ・ メゾン「テルモン(TELMONT)」の歴史と挑戦
独自記事 【 2026/1/31 】 Food
1912年にアンリ・ロピタル氏によって設立された、知る人ぞ知るシャンパーニュブランド「メゾン・テルモン(TELMONT)」は、「母なる自然の名のもとに(In Nomine Terrae)」という理念を掲げ、環境負荷を最小限に抑えるための徹底した「持続可能性の革命」を実践している注目のサステナブルなブランド。熱心な環境保...
【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (序章)最初の関門
独自記事 【 2025/8/31 】 Work & Study
この物語は、大阪を拠点とする一企業・サラヤが20年にわたり、ボルネオという地で環境保全活動に取り組んできた軌跡を一人のサラリーマン・廣岡竜也の目線から辿った記録である。 人と地球にやさしい「ヤシノミ洗剤」を生み出したサラヤが、環境を破壊しているという誤解を受けたことが発端となり、次々と困難が立ちはだかるも、諦めない者た...
持続可能な酪農の実現を支える明治の取り組みと、乳業の歴史
sponsored 【 2025/9/3 】 Food
乳製品やチョコレートなどの食品を取り扱うメーカーである明治(Meiji)。大ヒット商品でもある「明治おいしい牛乳」や「明治ブルガリアヨーグルト」などは冷蔵庫に常備され、マストアイテムになっている…なんて家庭も多いのでは?そんな私たちの日常生活に欠かせない明治グループは、2021 年から「健康にアイデアを」をグループスロ...
【単独取材】料理に懸け30年、永島健志シェフが語る美食哲学
独自記事 【 2025/10/9 】 Food
この取材は、かつて学校が苦手な不良少年だった、永島健志さんが、料理という表現と出会い「世界のベスト・レストラン50」で世界1位を5度獲得したスペインのレストラン「エル・ブリ」で修業し、帰国後に体験型レストラン「81」を立ち上げた貴重な経験を語って頂いたものである。
アラン・デュカス氏が登壇「ダイナースクラブ フランス レストランウィーク2025」 記者発表会レポート
INFORMATION 【 2025/9/15 】 Food
今年で開催15回目となる「ダイナースクラブ フランス レストランウィーク」は、少し敷居が高いと感じてしまう人もいるフランス料理を、馴染みのない人にも楽しんでもらいたいという思いから誕生したグルメフェスティバルです。期間中(9月20日〜10月20日)は、参加しているレストランにて特別価格で、本格的なフレンチのコース料理を...
水原希子×大谷賢太郎(エシカ編集長)対談
独自記事 【 2020/12/7 】 Fashion
ファッションモデル、女優、さらには自らが立ち上げたブランド「OK」のデザイナーとさまざまなシーンで大活躍している水原希子さん。インスタグラムで国内上位のフォロワー数を誇る、女性にとって憧れの存在であるとともに、その動向から目が離せない存在でもあります。今回はその水原さんに「ethica」編集長・大谷賢太郎がインタビュー...
【ethica Traveler】連載企画Vol.1 宇賀なつみ サンフランシスコ編(序章)   
独自記事 【 2024/1/24 】 Work & Study
「私によくて、世界にイイ。」をコンセプトに2013年に創刊した『ethica(エシカ)』では、10周年を迎える節目にあたり、エシカルでサステナブルな世界観、ライフスタイルをリアルに『感動体験』する場を特集しています。  今回は、カリフォルニア州サンフランシスコ市のエシカルな取り組みを取材!エシカ編集部と共にサステナブル...
【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (第5話)困惑と覚悟
独自記事 【 2026/1/23 】 Work & Study
この物語は、大阪を拠点とする一企業・サラヤが20年にわたり、ボルネオという地で環境保全活動に取り組んできた軌跡を一人のサラリーマン・廣岡竜也の目線から辿った記録である。 人と地球にやさしい「ヤシノミ洗剤」を生み出したサラヤが、環境を破壊しているという誤解を受けたことが発端となり、次々と困難が立ちはだかるも、諦めない者た...

次の記事

プルマン東京田町で味わう、国際女性デーに贈るミシュラン一つ星シェフの特別メニュー ミモザコースを体験
日本の美意識を世界に伝えたい!江戸小紋の染職人・廣瀬雄一さん【伝統継承Innovator】

前の記事

スマホのホーム画面に追加すれば
いつでもethicaに簡単アクセスできます