【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (第5話)困惑と覚悟
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【連載】評伝小説「ボルネオ・サラリーマン」 (第5話)困惑と覚悟

セピロックオランウータンリハビリセンター(2025年6月/ボルネオ島) Photo=Kentaro Ohtani ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

この物語は、大阪を拠点とする一企業・サラヤが20年にわたり、ボルネオという地で環境保全活動に取り組んできた軌跡を一人のサラリーマン・廣岡竜也の目線から辿った記録である。

人と地球にやさしい「ヤシノミ洗剤」を生み出したサラヤが、環境を破壊しているという誤解を受けたことが発端となり、次々と困難が立ちはだかるも、諦めない者たちの熱い想いを通して、継続することの大切さと報徳の精神を余すことなく小説化したものである。

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(第5話)困惑と覚悟

「え……、これってサラヤですか?」

2004年。ある日受けた取材の依頼が廣岡の頭を困惑させる。

連絡してきたのはテレビ朝日系列で放映されている『素敵な宇宙船地球号』という番組の制作スタッフだ。同番組は、地球温暖化や大気汚染など地球の環境をめぐる問題が悪化する中で、地球を守るにはどのような対策を講じれば良いのかを、世界各地の事例を用いながら考えるという、真面目な情報ドキュメンタリー番組だった。

テレビ番組の取材の依頼は初めてのことではない。今までにも社長の取材や、再現ドラマの形で会社の歴史を紹介するといった撮影もあり、その度に廣岡は対応をしてきたのだ。自社にとってどのようなメリットにつながるのか、その効果や見え方を精査するのも廣岡の仕事である。しかし、その観点からいうと今回の話は雲行きが怪しい。

依頼してきた当該番組をプロデュースしているのは森啓子という、情報番組や料理番組、野生動物を題材にしたドキュメンタリー番組の制作等に長年携わってきた女性だった。世界各地で野生動物や自然を取り上げながら、環境に関する数々の題材を取り上げてきた経験を持つその彼女が、その時、次のテーマに選んだのはボルネオ島固有のゾウ、ボルネオゾウである。森啓子は、パーム油のために開発が広がるアブラヤシ農園がボルネオゾウを筆頭とする現地の野生動物たちの住処を奪い、生命を脅かしていることを問題提起する形で番組を構成しようと企画を進めていたのである。そしてその番組内で、パーム油を原料として使う製品を作る企業のコメントが必要と考え、出演者を探していたと言うわけだ。

しかし、なぜサラヤにお鉢が回ってきたのか?そんな疑問が生まれるのも当然だ。というのも、パーム油は食品や日用品など、さまざまな用途で利用がされているものの、当時も今も用途として圧倒的なシェアを占めているのは食品産業であって実に全体の8割に達するのである。

確かに、サラヤの製品でもヤシノミ洗剤を筆頭に、原料の一つとしてパーム油を使用している。そしてそれは安定供給され、環境にもやさしいということを大きなメリットにも挙げている。だが、パーム油を使っているのは当然うちだけではないし、それこそインタビューに答えるのであれば他のもっと大手企業の方がふさわしいのでは?そんな疑問が廣岡の脳裏をかけめぐった。

「一旦、こちらで預からせていただきます。社長の判断をいただきますので……」

ひとまずその場では回答を保留にし、電話を切ると、真っ先に代島に相談した。

「――という内容で取材の依頼が来ています」

代島と廣岡の双方がまず考えたのは、決してこれは良い話にはならないだろう、と言うことだった。なにしろ原料の生産地で起きている環境問題の話でコメントがほしい、だ。どう考えてもネガティブになる気しかしない。どちらにせよ、まずは社長に報告しなくては。

黙って話を聞く悠介の顔色を伺いつつも、廣岡はテレビ局側の企画の概要や制作意図を説明した。

「これ、どう感えてもネガティブになる気がするので、お断りする方向でいいですか?」

取るべきは安全策だ。言うまでもなく断る方向で事を進めようと思っていた廣岡だが、次に悠介の口から出た言葉は予想外だった。

「受けるよ」

「……なぜ受けるんですか?」

「自分達が使っている原料の生産地でそんなことが起きてるなんて知らなかったわ……。まず知らないということ、それが事実や」

それは自分にしても然りだ……。自分にしろ、おそらく他の大多数の社員にしろ、今まで原料生産地のことなんて考えたことがなかった。そもそも取引先を通じて洗剤原料になったものを買って、それをブレンドして製品にしているというのが現状だ。そんな大きな流れの中で、原料生産地に一度でも思いを馳せたことがあっただろうか?

にわかに生まれた自戒の芽に、廣岡は居心地の悪さを感じる。

黙って耳を傾ける廣岡に悠介は続けた。

「それに断れば逆に、何か後ろ暗いことがあるんやないかって変に勘繰られるかもしれんやろ?それやったら正々堂々と取材を受けて、知らないことは知らないと答える。それを知った上でこれから対策を取ります、ということを伝えればええやんか」

誠意を見せること。

企業人としてもだが、それ以前に人としての真っ当さに溢れた悠介の言葉と、その器の大きさを見させられた気がして、もはや異論を挟む余地はなかった。

「では、受ける方向で行きましょう」

不安はありつつも、社長が出ると決めたのだ。代島と廣岡は覚悟を決めた。

これは後に判明したことではあるが、当時、出演してもらうインタビュイーの打診は、サラヤに御鉢が回る以前に複数の他企業へのアプローチがあり、ことごとく断られていたという経緯があった。プロデューサーの森啓子はこの題材を取り扱うにあたってリサーチを重ねており、その理解の深度は深かったため、当然のごとく、パーム油に係る問題はまず食用油の需要が抱える課題だと認識していた。そしてサラヤに話を持ち込む以前に、食品メーカー等に出演の打診をしていたものの、食品メーカー側からすれば自分たちが糾弾される立場に立たされることは明白であり、案の定首を縦に振るところは皆無だったというわけだ。

その後、石鹸や洗剤、化粧品などの大手メーカーに連絡をするも玉砕。そもそも、自分が企画しているこの番組の中でインタビューに答えてくれる人などいないのでは?と森啓子をはじめ番組スタッフ一同は、半ば実現を諦めていた状況だった。そうした中で、森啓子とサラヤを繋いだのが、「ゼロ・エミッション」や「ブルーエコノミー」の提唱者であり、ダボス会議では “21世紀のリーダー” の一人にも選出されたサステナビリティ分野の著名人であるグンター・パウリ氏だ。

パウリは森啓子のアドバイザーであり、かつ悠介の友人でもあった。悠介は30代の頃には日本青年会議所(JC)の会頭を勤めていて、パウリとはそのJC時代からの知った仲であった。日本だったら、サラヤがいるではないか。悠介は昔から知っている友達だし、彼は環境のことにも詳しく、造詣が深いから受けてくれるはずだ。そんなパウリの力強い推薦が、運命の糸をサラヤへと繋いだのだ。今回の取材に関しては森啓子だけでなく、実はパウリからも直々に、取材を受けてやってくれないかとの連絡もあったほどで、そうした旧知の友からの連絡も悠介にとっては、インタビューを受けようという気持ちにさせる一押しとなったのである。

インタビューを受けることは決まった。どんなに不利な状況でも、最大限自分たちの見え方を少しでも良いものにしなくてはと考えた代島と廣岡は、悠介にはスーツではなく工場で着用する作業着を着て出演してもらうことを提案した。スーツで踏ん反り返る偉そうな社長だとは視聴者に思って欲しくなかった。それに実際に、日頃の悠介自身の社長としてのスタンスも決してそのようなものではないのだから。不安を抱えつつも、インタビュー本番の日を迎えることとなった。大丈夫、誠心誠意言葉を届ければきっと思いは伝わるはずだ……、と不安を打ち消すように収録を見守る代島と廣岡だったが、その暗雲立ち込める拭いきれない予感は生憎と的中し、この後サラヤは大きな苦境の渦に巻き込まれていくことになる。

(第5話へつづく)

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文:神田聖ら(ethica編集部)/企画・構成:大谷賢太郎(ethica編集長)

登場人物紹介

廣岡竜也(ひろおか たつや)

大学卒業後、広告代理店を経てサラヤ株式会社へ入社。広報宣伝部にて「ヤシノミ洗剤」「アラウ」「ラカント」など一般小売用商品のブランディングをはじめ、広告ディレクション、コピーライティングなどを手掛けるかたわら、ボルネオ環境保全活動にも携わり、広報活動を担当。個人としても数多くの広告賞を受賞している。

 

代島裕世(だいしま  ひろつぐ)

早稲田大学第一文学部卒。塾講師、雑誌編集、ドキュメンタリー映画制作、タクシー運転手などを経験した後、1995年サラヤ株式会社へ入社。取締役 コミュニケーション本部長。商品企画、広告宣伝、戦略PRを担当。認定NPO法人ボルネオ保全トラスト・ジャパン理事。 2010年から途上国の衛生環境化以前の取り組みとして東アフリカでSARAYA100万人の手洗いプロジェクト」、「SARAYA 病院で手の消毒100%プロジェクト」、「SafeMotherhood プロジェクト」を立ち上げた。

 

更家悠介(さらや  ゆうすけ

1951年生まれ。1974年 大阪大学工学部卒業。1975年 カリフォルニア大学バークレー校修士課程修了。1976年サラヤ株式会社入社。工場長などを経て1998年 代表取締役社長に就任、現在に至る。日本青年会議所会頭、(財)地球市民財団理事長などを歴任。(特非)ゼリ・ジャパン理事長、(特非)エコデザインネットワーク副理事長、大阪商工会議所常議員、(公社)日本食品衛生協会理事、ボルネオ保全トラスト理事などを務める。2010年 藍綬褒賞、2014年 渋沢栄一賞受賞。モットーは、あらゆる差別や偏見を超えて、環境や生物多様性など地球的価値を共有できる「地球市民の時代」

 

森啓子(もり  けいこ)

1970年代にテレビ業界に飛び込み、情報番組や料理番組、野生動物を題材にしたドキュメンタリー番組の制作に携わってきた。動物の撮影歴は20年以上。マウンテンゴリラとの出会いは2008年。以来マウンテンゴリラに魅せられ、 アフリカ・ルワンダに居を構えてマウンテンゴリラを撮影する生活を10年前から続けている。主な担当番組に、TBS「新世界紀行」テレビ朝日「素敵な宇宙船地球号」NHK「地球!ふしぎ大自然」「ハイビジョン特集」がある。

 

グンター・パウリ

世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で「21世紀のリーダー」の1人に選出されたサステナビリティ分野の起業家。廃棄物の排出をゼロにする「ゼロエミッション」や、海洋を保全しながら経済活動に結び付ける「ブルーエコノミー」の提唱者。1956年ベルギー生まれ。聖イグナチオ大学経済学部を卒業し、1991年に世界で初めて「ゼロエミッション」の考えを取り入れた洗剤工場を建設。1994~97年に国連大学学長顧問として「ゼロエミッション構想」を提唱し、多くの企業に影響を与えた。96年に国連開発計画(UNDP)とスイス政府の出資で「ZERI財団」を設立して代表に就任。ローマクラブ会員。2度の改訂版が出された『ブルーエコノミー』シリーズの3冊は、世界43の言語に翻訳され、100万人以上に読まれている。社会の転換に向けて力を注ぎ、全く新しいビジネスモデルを設計し、ビジョンを現実に変えるために尽力。これまで世界各地の200以上のプロジェクトに携わった。自然の仕組みを子供たちに教え、インスピレーションを与えるような物語も280ほど執筆している。

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