構想から3年後に実現したフラガール映画化 夢を、未来をあきらめない。 映画プロデューサー 石原仁美さん。今一押しの書籍は『ありふれた愛じゃない』
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構想から3年後に実現したフラガール映画化

2006年に公開され、大ヒット作となった映画「フラガール」。炭鉱の危機を救うために立ち上がった人たちが「常磐ハワイアンセンター」(現スパリゾート・ハワイアンズ)をオープンさせるまでの実話をもとにしたこの映画をご覧になった方も多いことでしょう。

公開前はそれほど注目されていませんでしたが、口コミで評判を呼び、最終的には観客動員130万人、興行収入15億円を超える大ヒット作となり、第80回キネマ旬報ベストテン邦画第1位、第30回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞しました。

この映画の生みの親が同映画のプロデューサー、石原仁美さんです。

石原さんにフラガール映画化のエピソードと、石原さん一押しの書籍『ありふれた愛じゃない』についてお伺いしました。

構想から3年後に実現した映画化

「普段は忙しくて、自宅に早く帰ることも滅多になかったのですが、たまたまある日、何も用事がなくて早く家に帰ってビールを飲みながらテレビを観ていたのです。すると、炭鉱の危機を救うために常磐ハワイアンセンターができ、炭坑夫だった男たちがヤシの木を育て、炭鉱の娘たちがフラダンスを学んだという実話が紹介されていました。それを知って、これは絶対に映画になると思いました」

石原さんは翌日すぐ、スパリゾート・ハワイアンズを運営する常磐興産に電話をかけ、映画化を申し入れるとともに、当時を知る人たちへの取材を開始しました。

しかし、「映画にしたら絶対に当たる」と確信していた石原さんの想いとは裏腹に、その時、石原さんが所属していた映画会社は、この企画になかなかOKを出しませんでした。

「もともと原作のある作品ではなかったこともあって、作品の面白さが分からないというんですよ。それで、脚本を何度も書き直し、3年かかってやっと成立しました。この作品は私の企画でしたし、絶対にヒットするという確信がありましたから、何としてでも会社にOKを出してもらいたいと粘りましたが、そんな私に取材先の常磐興産の関係者の皆さんもよく付き合ってくれたなと今でも感謝しています」

石原さんの努力の結果、良い本ができたことが後押しして映画化が決定、構想から3年後にようやく制作が始まりました。

石原さんが考えた「フラガール」の宣伝文句は「未来をあきらめない」。

まさに、この映画そのものが、石原さんがあきらめることなく、未来を信じた結果だったのです。

このままではいけないという焦り

石原さんは岡山県倉敷市の出身。子供の頃から「人を感動させること」が好きだった石原さんは、小学2年生の時に影絵人形劇を企画し、自ら脚本を書き、演出をして学校で上演したこともあったそうです。

「誰かに教わるということもなく、全部自分で見よう見まねでやりましたね。その人形劇を見て、みんなが喜んでくれたことが嬉しかったことを今でもよく覚えています」

高校に進んだ石原さんは演劇部を立ち上げ、自らは演出を担当して演劇活動に没頭しました。当時の石原さんは、将来、舞台の演出家になることを夢見て、東京の大学の演劇コースへの進学を考えていました。

ところが、父親に進路を相談すると「資格も取れないような大学に入学するために学費は出せない」と猛反対され、仕方なく、石原さんは岡山県銀行協会に入社します。

「仕事といえば、社内会議の資料作りやゴルフコンペのセッティング。入ってすぐ私には向かない仕事だと思いました。辞めることばかり考えていましたね」

仕事への疑問を感じていた石原さんは、好きな演劇をもう一度やろうと入社1年後、友人と一緒に劇団を立ち上げました。素人ばかりの劇団は、新聞に紹介されるなど地元では有名になっていきましたが、石原さん自身はそれでも満足ができませんでした。

「劇団の他のメンバーは趣味の延長で演劇に取組んでいましたが、私はちょっと違っていました。何とかして演劇で人生を変えたいという思いがつねにありました。だから、このままではいけないという焦りのような思いをいつも心のどこかで感じていましたね」

転機は23歳の時

23歳の時、そんな石原さんに転機がやって来ました。「楢山節考」や「復讐するは我にあり」などで知られる日本を代表する映画監督・今村昌平氏が岡山で映画のロケを行うことになり、地元のスタッフとして石原さんが関わることになったのです。

「映画の世界に携わるのは全く初めてでしたが、毎日が感動で楽しくて仕方がありませんでしたね。チャンスだ。これを逃したら、私は一生岡山から出られないと思いました」

ロケが終わった時、石原さんは「映画の世界で働きたいんです」と、今村監督に相談しました。

今村監督は「映画は大変ですよ。あなた、貧乏に耐えられますか? このまま岡山にいたほうがいいですよ」といいながらも、石原さんの情熱に負けたのか、東京のある芸能事務所を紹介してくれました。石原さんはここで、プロデューサーとしての基礎を一から学んでいきました。

そして、33歳の時、独立系の映画会社であるシネカノンに入社、井筒和幸監督と共に、「のど自慢」(99年)、「ゲロッパ!」(03年)、「パッチギ!」(05年)を制作し、プロデューサーとして映画業界での地位を築いていきました。

もう一度「フラガール」のような映画を作りたい

石原さんにとって「フラガール」は、今でも思い入れの強い作品です。主役の松雪泰子や蒼井優をはじめ、セリフのないダンサー役もあえてダンス経験のない女の子を選び、全員に一からダンスのレッスンをしてもらったそうです。

「実際のハワイアンセンターがオープンした時と同じように、素人の女の子に何カ月も厳しいレッスンをしてもらうことで、みんなの気持ちが一つになっていって、いい映画にしたいという思いが強くなっていったんですよ。最後のシーンを撮り終えた時は、本当に感動しましたね」

今、石原さんは、シネカノンと同じ独立系映画会社アスミック・エースに籍を置いています。

しかし、日本映画にとって、ベストセラーが原作だったり、テレビ局が主流の制作状況にある今、「フラガール」を制作した頃と同じような上質のオリジナル映画が作れないというジレンマがあります。それでも石原さんはつねに前を向き、新たな作品に向けて構想を練っています。

「もう何十回も『フラガール』を観たというサラリーマンの方が、東京での上映の最後の日に、下高井戸の映画館までタクシーを飛ばして見に行ってくれたそうなんですよ。それを知ってすごく感動しました。そんな『フラガール』のような作品をいつかまた作りたいですね。それが私の次の夢です」

自らの夢に向かってあきらめることなく努力を続けていった石原さん。その生き方は多くの女性たちのお手本になりそうです。

石原さん、一押しの書籍「ありふれた愛じゃない」(文藝春秋)

「ありふれた愛じゃない」は直木賞作家・村山由佳さんの最新作。

南国タヒチを舞台に、同性上司との対立と和解、自分らしく働きたいという思い、年下の恋人への遠慮、人生で最も愛した男の記憶など切実なテーマが32歳の独身女性・藤沢真奈の生きざまを通じて描かれています。

女性なら誰もが覚えのある、恋愛と仕事に心揺れる瞬間。大人の女性のための熱く甘美なラブストーリーです。

著者:村山由佳(ムラヤマユカ)1964年生まれ。立教大学卒業後、不動産会社勤務、塾講師などを経て作家デビュー。93年『春妃デッサン』(『天使の卵―エンジェルス・エッグ』に改題)で小説すばる新人賞、2003年『星々の舟』で直木賞、09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞をトリプル受賞。13年4月より、NHK‐FM『眠れない貴女へ』のパーソナリティを隔週で務めるほか、歌詞提供など、広く活躍の場を広げている(参照:紀伊國屋書店 KINOKUNIA WEB STORE)

『ありふれた愛じゃない』村山 由佳【著】文藝春秋(2014/03発売)¥1,620(税込)

■詳しくはこちらから、紀伊國屋書店 KINOKUNIA WEB STORE
http://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784163900360

http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163900360

インタビュアー 清水 一利(しみずかずとし)
55年千葉県市川市生まれ。明治大学文学部(史学地理学科日本史専攻)を卒業後、79年、株式会社電通PRセンター(現・株式会社電通パブリックリレーションズ)に入社。クライアント各社のパブリシティ業務、PRイベントの企画・運営などに携わる。86年、同社退社後、87年、編集プロダクション・フリークスを主宰。新聞、雑誌(週刊誌・月刊誌)およびPR誌・一般書籍の企画・取材・執筆活動に従事。12年「フラガール3.11~つながる絆」(講談社)、13年「SOS!500人を救え~3.11石巻市立病院の5日間」(三一書房)を刊行。

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

清水 一利

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