大学受験、就職、そして起業ーー。ダメ元を吹き飛ばす「突破力」 株式会社ロスゼロ 代表取締役 文美月さん独占インタビュー企画(前編) Presented by SARAYA
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大学受験、就職、そして起業ーー。ダメ元を吹き飛ばす「突破力」

女性の活躍促進が求められる今。女性経営者として二つの会社を起業し活躍する文美月さんが歩んだ道のりは、常に「大きな壁」が立ちはだかり、苦難の連続だった。「そんなのムリ」と周囲から思われても反対されても乗り越えてきた、その突破力とは?

ーー奈良県で生まれ育ち、大学は京都の同志社大学へ進学します。この大学を選んだ理由は?

高校時代はバスケットボール部に所属し、3年生の時には奈良県の国体選抜メンバーにも選ばれました。進学校でしたが、私はバスケに夢中になりすぎて校内での偏差値はずっと39(笑)。担任から「受験、大丈夫か」と言われながら、3年生の10月からは完全に受験に頭を切り替えて1日13時間以上、受験日前日まで休まず猛勉強しました。私大の同志社大は受験科目が少なかったこともあり、一点突破しようと。幸いなんとか引っかかり、経済学部に進学できたのです。担任の先生も喜んでくれましたが「そこまで極端な勉強方法はこれからやめなさい」と苦笑いでした。

そんな感じで勢い入学しましたが、実際に通い始めると歴史ある素晴らしい大学でした。周りには素敵な女性が多く、「もっと頑張りたい」と触発されて、私自身、4年間で変わることができたと思います。

ーー大学卒業後は、日本生命に総合職として就職を決めます。

当時、同志社大学からこの会社の女性総合職として採用された人はまだ一人もいなかった。さらに私は在日コリアン3世(現在は日本国籍)で、大学の就職課からは「本名を使う人が大企業に就職している実績がない」と言われました。でも、「ダメ元で」と無謀にもチャレンジ。「採用実績がないのは去年までの話。今年はわからない。私が変えられるかもしれない」と。先輩のコネもなにもなく、リクルート用のはがきからアタックしました。これもまた、大学受験のときと同様、かなり無謀でしたね(笑)。

金融機関を選んだのは、メーカーなどに比べると原価がかからない業種なので、その分、人に投資してくれるのではという期待があったから。また、私の実家や親戚は大学に通えず、さらに日本の企業に就職できた人は一人もいなくて、みんな自営業でした。私が日本の中枢とも言える金融機関で学ぶことで、家族の力になれることがあるかもしれないという思いもありました。

入社後、配属されたのは融資部。周りは優秀な人ばかりだったのですが、総合職の9割は男性、という世界に私が入ったものですからよほど優秀なのかと思われまして「文さんって五カ国語ぐらい話せるんでしょ?」と。いや、全然しゃべれないんですけど(笑)。仕事ができず、自分には能力がない、ダメだなと思い知らされる日々でした。

さらに、女性のキャリア形成についても疑問を感じるように。東京に転勤した職場に、やはり同じ関西から転勤した先輩がいたのですが、彼女は出産後、平日は子どもを実家に預け、週末に大阪で母乳を冷凍し、月曜の始発で東京に戻る……という生活を送っていました。「せっかくいい会社に入れたから頑張る」と。尊敬しつつも、自分にはそこまではできないと思った。女性がキャリアを積むということは、そこまでがんばらないと、何かを犠牲にしなければ実現できないーー。その実態に愕然としてしまったのです。

ーー1990年代、「女性が結婚、出産したら会社は辞めるもの」という空気感はありましたね。

業種によると思いますが、金融だとまだ残っていましたね。実は当時、結婚を考えている人がいたのですが、国籍が問題で結婚を反対されました。働き方に悩む一方で、自分のアイデンティティーについて考えることが多くなりました。

私は日本で生まれ育ち、日本の学校に通い、日本企業に就職していて、考え方も何もかも周りの日本人の友達と変わらないのに、国籍が違うことでしんどい思いをしたこともありました。少しずつ割り切ることができ、色々言われながらも自分の力で就職もできて、でもまた結婚となると反対される。人生の節目になると必ず目の前に「国籍」という大きな壁が立ちはだかった。

自分の中に抱えていたいくつもの矛盾をクリアにするため、会社を辞め、韓国への留学を決めました。キャリア以上に、自分の人生の軸を見つけるほうがよほど大事だと思ったのです。周りからは「もったいない」と反対されましたが、大学時代も就活のときも私は目標が決まると一気にギアが入る。思い立ったら早いんです(笑)。

その留学先で出会った男性と結婚しました。同じ年で関西出身、在日コリアン同士。ものの見方や、本名で生きるのが自然だという考え方がお互いとてもよく似ていたのです。

ーー結婚後は?

27歳で結婚、一人目を出産。30歳で二人目に恵まれました。その後徐々に「もう一度社会に戻りたい」と強く思うように。今思えばとても甘い考えなのですが、金融機関で融資の仕事をした経験もあったので、また融資業務ができるんじゃないかと思っていたのです。ところが、正社員もアルバイトも片っぱしから落ちました。私が力不足だったことが理由だったとは思いますが、採用面接ではスキルやキャリアよりも「お子さんはどうするんですか?」とか「ご主人は賛成していますか?」とか、そんなことばかり聞かれて。男性は子どもが2人だろうと3人だろうとキャリアに支障はないのに、女性は出産や子育てによってキャリアに大きな変動ができてしまう。

そのとき考えました。職がないなら職を作ろう、だれかに与えてもらうのではなく自分で自分の居場所を作ればいい。クビになるのがイヤなら自分が社長になるしかないーー。極端なのですが(笑)。そこから一気にギアが入り、31歳になったと同時に自宅の一室でPC一台で起業しました。2001年のことです。

起業する2001年の手前の秋。長男はこのとき3歳。家族で出かけた岐阜でのどんぐり拾い。

前職のキャリアを活かし、金融機関への就職を目指すも、子育てとの両立を理由に、正社員もアルバイトも片っぱしから落ち、起業を決意。

自宅の一室でPC一台から事業はスタートした。

ーー当時、今ほど起業は身近ではなく、簡単でもなかったのでは?

そうですね。今のように起業を考える人向けのセミナーもないし、周りに起業した先輩もいなかった。「アントレプレナー」なんてかっこいい言葉どころか、そもそも「起業」という言葉を知らなかったです(笑)。

ただ、父からは常に「自分で生きていけ」と言われていました。同じ在日コリアンの夫の家も同じ。実は結婚したときは夫も私も無職だったんです。それでも「健康であればなんとかなるやろ」と二人とも楽観的でしたね(笑)。

留学していたころ、韓国で雑貨を見に行くのが好きで、特に李王朝の家具などアンティークに心を引かれました。当初、そうした雑貨を輸入販売しよう、と。ところが、私も商売には素人すぎてたくさん騙された。帰国後、なんとか買い付けたものを自分で撮影しネットにアップしてはみたものの、ほとんど売れない。家事と育児との両立もうまくできず、このままでは無理がくる。成功するやり方を考えようと思いました。

そのとき目をつけたのが、ヘアアクセサリー。当時、アパレルのお店がちょっとだけ置いていたり、ジュエリーの会社が少し作っていたりと、ファッションの付属品のような扱いでした。そのヘアアクセサリーに徹底的に特化して日本一の品揃えを誇るウェブショップならお客さんの心をつかめるんじゃないか?と。品物が小さいので梱包や発送が簡単、大きな保管場所がなくてもいいということもまたメリットでした。

事業が軌道に乗るまでの数年間、自宅の片隅で、自身がモデルを勤めた。

ーーそのウェブショップ「リトルムーン」が大人気となります。

何年も社会から離れていたので、最初は500円でもいいから売れて、誰かから「ありがとう」と言われることが本当にうれしかった。その思いを積み重ねていったらリピーターのお客さまがついてきて、売り上げがどんどん上がっていきました。創業から4年目の2005年には心斎橋の近くにオフィスを構え、スタッフを雇い、海外に工場を作るほどに。インターネットだけで月に7,000万円ぐらい売れ、楽天市場でもたくさん賞をいただきました。

創業から4年目に、事業が軌道に乗り始め、スタッフを雇うまで成長。

そうした事情もあり少しお客さま対応に手が回らない時期がありました。当初はショップ自体が濃いコミュニティーで絶対的なファンがいたのですが、ショップのレビューやブログのコメント欄のネガティブな書き込みがきっかけになり、炎上してしまったのです。さらに、韓国に対していい感情を持っていない人が加わり、私への誹謗中傷が殺到し……。誠心誠意、胸を張ってやってきたことに対して、そこまで荒らされることが耐えきれなくなってしまった。ネット上でだけ荒れて、リアルの仕事では苦情がないからです。ネットは怖いと思いました。

それまでただひたすら突っ走ってきた私ですが、精神的に追い詰められ、会社に近づくと気分が悪くなるように。半年ほど自宅に引きこもりました。何もかもいやになってしまったのです。

(後編に続く)

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株式会社ロスゼロ 代表取締役 文 美月

同志社大学経済学部卒。結婚出産、専業主婦を経て自宅起業。ヘアアクセサリー450万点をEC販売し上位1%以下の楽天市場Shop of the Yearを3度受賞する。 2010年より、使わないヘアアクセを回収し、世界10か国に4万点を寄贈及び職業プログラム支援を行う。もったいないものを活かす経験から食品ロス問題に着目し、2018年『ロスゼロ』開始。ECでのシェアリング、未利用材料のアップサイクル食品DtoCを行うほか、大手企業や自治体との連携を進める。
コロナ禍で1日1トン削減を達成し、2020年農林水産省後援「食品産業もったいない大賞」特別賞を受賞。

記者:中津海 麻子

慶応義塾大学法学部政治学科卒。朝日新聞契約ライター、編集プロダクションなどを経てフリーランスに。人物インタビュー、食、ワイン、日本酒、本、音楽、アンチエイジングなどの取材記事を、新聞、雑誌、ウェブマガジンに寄稿。主な媒体は、朝日新聞、朝日新聞デジタル&w、週刊朝日、AERAムック、ワイン王国、JALカード会員誌AGORA、「ethica(エシカ)~私によくて、世界にイイ。~ 」など。大のワンコ好き。

提供:サラヤ株式会社
https://www.yashinomi.jp

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

中津海 麻子

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