読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第11章:「自己」を捉える(第3節)
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読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第11章:「自己」を捉える(第3節)

新企画「あなたにとってウェルビーイングとは何か」を担当します永島郁哉と申します。早稲田大学大学院で社会学を研究しながら、休日には古着屋に行ったり小説を書いたりします。

この連載は、ストレス社会に生きる私たちが、ふと立ち止まって「豊かさ」について考えるきっかけとなる、ささいな休憩所のようなものです。皆さんと一緒に、当たり前だと思っていた価値観を一つ一つほどいていく作業が出来たらと思います。

第11章 「自己」を捉える

第3節 社会と「わたし」

ウェルビーイングを考えるための一つの有効な方法は、「自己」を考えることです。自己とは何か。これは、何世紀も前から哲学者、心理学者、そして社会学者がかかんに挑んできた命題です。

前回は、マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』から、人間が近代以降、自分の行動を絶えず審査するようになったということを見ていきました。つまり、自分の行動が正しいのか正しくないのかを、常に自分でチェックするようになったことで、私たちは自分自身の幸せとの向き合い方を獲得したというわけです。

今回は、「社会との繋がり」という部分に話を移していきたいと思います。結論から言えば、個人と社会の関係性の変化が、「私たちが何であるか」という意識を変えたのではないか、ということです。

発色が鮮やかなコガネムシ。本文とはまったく関係がない

この議論を展開したのが、最初期の社会学者の一人である、エミール・デュルケムです。彼は『自殺論』という著書で有名ですが、他にも彼が残した大きな業績に『社会分業論』というのがあります。

デュルケムがこの本を書く上での出発点となったのは、ますます近代化していく社会のなかで、個人はますます自立していくのに、個人と社会の結びつき(個人の社会に対する依存)も大きくなっている、という点でした。例えば、フランス革命によって、自立した個人による政治が実現したわけですが、一方で農村社会から工業社会へ移行したことによって、個人は社会の歯車としての機能を強めていったのです。

そこでデュルケムが考えたのが、「有機的連帯」という概念でした。これは、近代化に伴って、社会のなかで分業がすすむことが、むしろ新しい社会の連帯を作り出す、という見方です。

例えば、近代以前の社会は、個人はみな同じようなことをしていました。全国どこに行っても、人々は野菜を作ったり、家畜を育てたりして暮らしていたのです。このとき、社会が社会として成り立つのは、皆が同じである=同質性によってです。

ところが、産業革命が起こり、工場労働が主になり始めると、人々はそれぞれ違う労働をし始めます。例えば、一つの靴工場でも、ある人は靴紐を作る仕事をしたり、ある人は靴底をくりぬく仕事をしたり、ある人は仕上げの磨き上げをしたりします。でもむしろ、そうやって個々人が違うことをやっているからこそ、工場は工場として成り立つわけです。このとき、社会が社会として成り立つのは、皆が違う=多様性によってです。

デュルケムは社会全体でこれが起こっていると考えました。すなわち、人間の体が、それぞれ違う機能をもつ器官=臓器から成り立って、一つの体となっているように、近代の社会も、それぞれが違う役割を担うことによって、社会となっているのだ、というわけですね。

したがって、このとき、「自己」に求められるのは、どれだけ他者とは違うことをしているか、ということになります。言い換えれば、どれだけ個人が一個の人格として自由であるか、というのが、有機的連帯にとっては重要なのです。

最近飼い始めたマリモ。またしても本文とは関係がない

さて、ここでウェルビーイングに話を戻してみましょう。

ウェルビーイングというのは、持続可能な幸福のことでした。そしてそれは、誰かが「これが幸せだ」と決めたことではなくて、自分(=自立した個人)が幸せだと思う幸せです。一方で、私たちは何でも好き勝手に「これが自分にとって持続可能な幸せの形だから、それを追い求める」ということはできません。なぜなら、私たちは社会のなかで生きているからです。

つまり、私たちは社会の一員として生きながらも、自分なりの幸せを見つけなくてはいけません。これは一見矛盾しているように思えますが、デュルケムによればそうではありません。個人が自立した自己として幸せを追い求めることが、かえって社会全体のまとまりへと繋がる。デュルケムの『社会分業論』が示唆するのは、そのような個人と社会をつなぐウェルビーイングの在りようです。

ここから私たちが言えることは、ウェルビーイングというのは決して個人だけの営みではないということです。ウェルビーイングは社会全体で実現していくもの。そして、社会全体が個人に還元するものでもあります。

今回の連載は如何でしたでしょうか。バックナンバーはこちらからご覧頂けます。

[読者対話型連載]あなたにとってウェルビーイングとは何か

永島郁哉

1998年生まれ。早稲田大学で社会学を学ぶ傍ら、国際学生交流活動に携わる。2019年に公益財団法人イオン環境財団主催「アジア学生交流環境フォーラム ASEP2019」に参加し、アジア10カ国の学生と環境問題に取り組んだ他、一般社団法人アジア教育交流研究機構(AAEE)では学生スーパーバイザーを務め、ベトナムやネパールでの国際交流プログラム企画・運営を行っている。2019年9月より6か月間ドイツ・ベルリン大学に留学。

——Backstage from “ethica”——

今回の連載は、読者対話型の連載企画となります。

連載の読者と、執筆者の永島さんがオンラインオフ会(ZOOM)で対話をし、次の連載の話題や企画につなげ、さらにその連載を読んだ方が、オンラインオフ会に参加する。という形で、読者との交流の場に育てていければと思います。

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ethica編集部

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