セイコーエプソン・碓井社長が思い描く、色彩豊かな未来のヴィジョン
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セイコーエプソン・碓井社長が思い描く、色彩豊かな未来のヴィジョン

「サステナブル・ブランド国際会議2019 東京」での基調講演を終えた後、ethicaのインタビューに応じてくださったセイコーエプソン株式会社の代表取締役社長、碓井稔氏。 Photo=Kaori Uchiyama ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

2019年3月6日・7日に開催された「サステナブル・ブランド 国際会議2019 東京(SB 2019 Tokyo)」のスポンサー(プラチナ)を務めたセイコーエプソン株式会社。時計とプリンターの開発で培ってきた技術を基盤に、サステナブルな社会に向けたイノベーションを実践する企業として、初日の基調講演のプログラムでは、代表取締役社長の碓井稔氏が「経営理念の実践による持続可能型社会の実現」と題したスピーチを行いました。(講演のレポート記事はこちら 誠実努力で「なくてはならない会社」へ

SB 2019 Tokyoのメディアパートナーを務めたethicaでは、講演終了後の碓井社長へインタビューをさせていただきました。

朗らかな笑顔で取材に応じてくださった碓井社長。こちらがびっくりするほど気さくなお人柄。 Photo=Kaori Uchiyama ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

夢をかなえる装置としてのプロジェクター

エシカ: さきほどの基調講演、たいへん興味深く拝聴しました。最後に動画をまじえてご紹介された「ゆめ水族園」の活動が印象深かったです。全国各地の病院や特別支援学校を訪問され、毎回施設ごとにさまざまな環境下でプロジェクションを用いた取り組みをされているようですが、あの活動はプロジェクター製品の研究開発と結びついたものなのでしょうか?

映像表現の可能性を探る「ゆめ水族園」。エプソンの技術と創意工夫が、子供たちにとってかけがえのない体験を提供している。

碓井社長: プロジェクターの小型化や投写距離の短縮、画質の向上や動作の安定性といった全体的な製品の進化はありますが、直接には関係していないですね。それよりも、カーテンのような形状のものに投影したときの演出効果といったような、空間づくりのチャレンジの意味合いが強いんです。「ゆめ水族園」は、デジタルの映像表現の新しい可能性を探る、そういう取り組みの延長にあります。 海に行けない、水族館に行けない、そういう状況にあるお子さんたちに、どうやって感動体験を届けるか。プロジェクターって、コンパクトな機器で、巨大な空間の雰囲気を一瞬で変えることができるんです。

碓井社長の回答から、子供たちの笑顔を生み出しているのは、プロジェクター製品の性能以上に、それをどう活用するかという利用者のアイディアなのだということに、はっとさせられます。取材当日、SB 2019 Tokyoのエプソンのブースでは、ホールの高い天井から長い布地を垂らし、そこに数台のプロジェクターで海洋の生物の映像を投影して、来場者が「ゆめ水族園」の一部を体験できるよう試みていました。 続いて、会場からも程近い、話題の「森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボ ボーダレス」について碓井社長にうかがおうとすると……

「観るものから体験するものへ」エプソンの470台のプロジェクターが生み出す映像空間。

碓井社長: どうしても商業ベースに乗りやすいから、エンターテイメントの事例ばかりが注目されるんですけれど(笑)、プロジェクターによる空間演出って、みなさんが思っている以上にいろんな可能性があるものなんです。

たとえばこの部屋、ビルの真ん中にあるけれど、普通の人って、窓が欲しいって思うでしょう? プロジェクターがあれば、ここに窓がつくれる。青空の下で仕事してるような開放感のある雰囲気をつくることができるんですよね。森林浴している雰囲気とか、海辺にいる雰囲気とか。

なるほど、プロジェクションというと、どうしても目の前をアトラクティブに流れる映像を鑑賞するイメージが強いですが、もっとBGMのように、生活空間に自然に流れているものであっても良いわけです。

碓井社長: 「こういう場所で働きたい」をかなえる快適な環境をつくれば、仕事の効率も上がるだろうし、仕事の疲れも癒されます。閉塞的な都心のビルの中で仕事してると、時間の感覚がなくなっちゃう。「時間は時計を見ればわかりますよ」って、そうかもしれないけれど、それじゃ味気ない(笑)。

とは、まさに70年以上にわたり時計をつくってきた会社の社長のお言葉。人が時間を認識するという行為を、より広い意味合いでとらえていらっしゃるようです。さらに碓井社長は、オフィスでの面白いプロジェクターの活用例をお話しくださいました。

「都会の真ん中にいたら、いま何時だかわかんない。時計見ればわかりますよって、それじゃ味気ない(笑)。プロジェクターがあれば、時間を感じ取れるような、快適な職場を演出することができるんです」 Photo=Kaori Uchiyama ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

碓井社長: あるいはね、遠く離れたオフィスの全体の様子をプロジェクターで大きく投影して、まるで一緒の空間で仕事をしているように感じさせることもできるんです。「拡張オフィス」っていうんだけれど。そうすると「あ、○○さん、いま席を立ったから、ちょっと話しかけてみようかな」って、会話も自然な雰囲気になる。プロジェクターを活用して空間を変えることで、コミュニケーションのあり方が変えられるんじゃないかな、と。

通信インフラが整ってきて、サテライトオフィスみたいなものが増えてきているけれど、やっぱり人と人とがフェイス・トゥー・フェイスで話をするコミュニケーションは捨てがたいでしょう? そういう空間演出ができれば、あたかも対面で話しているような臨場感で仕事ができるようになるんですよ。まあ、すぐにビジネスに結びつくかはわからないけれど(笑)。

確かに、メールや電話でやりとりするだけでなく、仕事中の仕草だったり、デスク周りだったり、その日の服装、体調や気分、そういうちょっとした相手の情報が目に見えることで、社内のコミュニケーションが円滑に進むということはありそうです。碓井社長のお話を聞いているうちに、私たちの日常生活の中にプロジェクターがある未来が見えてきます。

碓井社長: プロジェクターで部屋の雰囲気を変えて、ときにはホームシアターにして。そうして将来的には、プロジェクターが室内照明の役割を担ったらって思うんだよね。単に部屋を明るくするだけの照明じゃなくて、空間そのものを彩る次世代の照明。それこそが、私たちが目指しているプロジェクションの姿なんです。まあ、それはちょっと先の話だけどね(笑)。

と目を細める碓井社長。基調講演では「お客様の期待に応える」という言葉をたびたび繰り返していらっしゃいましたが、同社が追究するのは、そうした人々の夢をかなえるための技術であり、製品の可能性を拡げるのは、人々の想像力なのだということを、改めて実感します。

設備はミニマムに、表現は無限に インクジェット方式がアパレル産業を変える?

エシカ: 基調講演でもうひとつ興味深かったのが、産業インフラへのインクジェットによるアプローチです。印刷というと「紙に印刷するもの」というイメージが強いので、捺染印刷のお話は画期的でした。布地にもインクジェットで印刷ができるんですね。

碓井社長: これ(ご自身のネクタイを指して)なんかも印刷だしね。これノベルティだから、裏側に「EPSON」って入ってるんだよ(笑)。

「これはインクジェットプリンターでつくったものだしね」とご自身のネクタイを差し出してくださった碓井社長。 Photo=Kaori Uchiyama ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

そう言いながら碓井社長が見せてくださったエメラルドグリーンのネクタイは、もはや織物にしか見えません。目を丸くするethica編集部に、碓井社長も上機嫌で「こんな感じで(カメラに)写る?」と、目の前のテーブルに身を乗り出し、ご自身のネクタイを両面がわかるように差し出してくださいました。ネクタイの色のバリエーションについて尋ねると……

鮮やかな色と光沢を放つネクタイに見入る編集部。「ここに『EPSON』って入ってるんだよ(笑)」と碓井社長。 Photo=Kaori Uchiyama ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

碓井社長: デジタルの印刷はデータをちょっと変えるだけで好きな色で印刷できちゃう。だから絵柄が複雑なスカーフとかは特に、デジタルに向いているんだよね。スカーフの絵柄の捺染って、最低でも二十数版使用するんですよ。それがデジタルなら、版が要らない。

捺染の工場って、ものすごく大きいんですよ。機械も大きいし、版の保管場所も必要だし、スペースが必要なんです。それをデジタルの印刷にすると、工場を1/10くらいにまでシュリンクできちゃう。イタリアなんかは進んでいて、そうやって余った土地をショッピングモールなんかにして有効活用している。エプソンも、捺染のメーカーが多いイタリアのコモに施設があって、そこで設計から開発、製造、製品の販売までやっています。

ミラノの北、スイスと国境を接し、湖があるコモの風土は、どことなくエプソン本社のある諏訪に似通っているようにも思います。

碓井社長: アナログからデジタルに切り替えると、いろんな無駄がなくなるだけじゃなくて、いろんなデザインが自由自在につくれるようになるんです。技術的な制約を解決できるので、クリエイティブな社会に変えていける。日本はその点、まだまだ遅れてますね。

アナログからデジタルへ。ただし碓井社長の提案するイノベーションは、単純に既存の技術の代替ではなく、デジタルだからこそできる新たなものをうみ出していきましょう、というもの。実際に、昔ながらのアナログの製法と併行して、デジタルプリントを採用しているブランドもあるそうです。

SB 2019 Tokyoのセイコーエプソンのブースに展示されていたスカーフ。インクジェットの技術によって、複雑な柄やグラデーションの表現の幅が広がる。 Photo=Kaori Uchiyama ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

シンプルの追究 必要なときに、必要な場所に、必要な分だけ

持続可能な社会の実現に向けて、現在エプソンは「インクジェットイノベーション」のほか3つのイノベーションに取り組んでいます。いずれも高度な技術力を基盤とした先進的なものですが、碓井社長のお話は、イノベーションの動力は、人としてきわめてシンプルで当たり前の論理に立ち返ることであることを教えてくれます。

碓井社長は、インクジェットの技術が、液晶のカラーフィルタや有機ELのディスプレイといった電子部品の工業プロセスにも応用できることを説明してくださった後にこう続けました。

碓井社長: 若い人に謄写版(ガリ版)なんて言ってもわからないかもしれないけれど、版を用いる印刷って、版の上にインクをたくさんのっけて、必要部分にだけ染み出させる構造だから、捨てるものがすごく多い。その点インクジェットは、必要な部分に必要な分だけインクや材料をとばす方式。だから、すごくシンプルで無駄がないんですよね。そしてインクジェットの中でも、どんな液体でもとばせるのが、唯一ピエゾ方式なんだよね。

「ピエゾ方式」という言葉に、碓井社長はグッと力を込めます。それもそのはず、碓井社長こそ、いち早くピエゾ方式の可能性に着目し、長年その研究開発に従事してきたエンジニアの一人だからです。

「ピエゾ方式」のインクジェットの特徴についてわかりやすく説明してくださる碓井社長。長年の研究成果を語る社長の瞳は輝いている。 Photo=Kaori Uchiyama ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

碓井社長: インクジェットにも2種類あって、インクを急加熱して沸騰させてとばすのが、バブル方式。でもこの方式はインクを沸騰させるエネルギーが必要だし、沸騰する性質の液体でしか印刷できない。ピエゾ方式は、マイクロポンプ。物理的に押し出すわけです。だから色んなものがとばせるし、さまざまな産業インフラに対応できる。

そうしてピエゾ方式を採用したエプソンの高速ラインインクジェット複合機・プリンターは、平成30年度の「省エネ大賞」製品・ビジネスモデル部門において「資源エネルギー長官賞」を受賞しました。「無駄をなくして必要なものだけ」を追求した製品が、今まさに持続可能な社会に必要とされ、評価されているのです。

碓井社長: どこのオフィスでも、印刷はコストが高いし、森林資源にダメージを与えるので「できるだけ印刷しないようにしましょう」って、なってしまっている。でもやっぱり印刷できることで、効率よく仕事ができたり、コミュニケーションが円滑になるから、オフィスにプリンタを入れるわけでしょう? それなのに、カラー出力ができるスタッフを限定する機能、みたいなのがある。それっておかしい。

だから、印刷コストを下げて、環境に優しいプリンタが必要なわけです。それを実現できるのがピエゾ方式。そしてエプソンでは、それと併せて、オフィス内で紙を再生できる機械「PaperLab(ペーパーラボ)」も提案していきます。

テクノロジーによって削減できたエネルギーや時間の余剰を、新たなクリエイションにつなげていく。このあとにうかがったエプソンの「ロボティクス」や「ウエアラブル」のイノベーションのお話からも、より良い循環型社会を見据えた碓井社長の熱い想いが伝わってきます。

新しい社会に主体的に参画する実感

最後に、碓井社長にとっての「私によくて、世界にイイ。」をうかがいました。

碓井社長: 私にとってよいことは、「こういうものがあったらいいな」「こういう社会になったらいいな」という期待に真摯に向き合って、それを実現できたときの達成感だと思う。私たちはみんな新しい社会を創り出していく一員だけれど、そこで「自分は主体的になって、中心になってやっているんだ」という実感を持てたときが、一番よいときなんだと思うんです。そして私たちの製品やサービスを喜んでくださるお客様がいるということが、「世界にイイ」こと。それを見て、また「もっと世界を良くしていこう」というモチベーションをもらえる。それが「私によくて、世界にイイ。」ことかな。

 

碓井社長の「私によくて、世界にイイ。」は、人々の期待に応えられたときの達成感と、そこから新たに生まれるより良い明日をつくる意欲の循環。 Photo=Kaori Uchiyama ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

エシカ: 本日は素敵なお話をいただき、本当にありがとうございました。

短い取材時間でしたが、その中でもご自身の「こういうものがあったらいいな」「こういう社会になったらいいな」をたくさん語ってくださった碓井社長。その発想は、常にまず人ありきでした。

この日のインタビュー内で碓井社長がお話くださったエプソンの様々な取り組みは、同社のウェブサイト(主に「CSR・環境」「技術・イノベーション」のページ)で詳しく紹介されています。読者の皆さんの「あったらいいな」「こうなったらいいな」という期待に応える取り組みが、見つかるかもしれません。夢をかなえる喜びの循環が、社会のさまざまな場所から拡がっていくと良いですね。

 

セイコーエプソン株式会社
代表取締役社長 碓井稔

1979年セイコーエプソンの前身である信州精器に入社、ミニプリンターの企画・設計を経験した後、インクジェットプリンター開発部門に異動。ピエゾ素子を使った小型・高性能なプリントヘッドの開発に取り組み、1993年にマイクロピエゾテクノロジーを搭載したインクジェットプリンターの商品化に成功。2005年には全社の生産技術強化を目的に生産技術開発本部長就任、2007年には研究開発本部長を兼任し、新しい技術の可能性を探り、成果に繋げる役割も担う。
2008年の社長就任の翌年、長期ビジョンSE15を策定。自社の強みに集中し、既存事業領域におけるビジネスモデル・製品構成の転換、新規事業領域の開拓、さらに事業構造再構築を行い、安定的かつ継続的にキャッシュを創出できる会社へと変革した。2016年、10年後のエプソンが向かうべき方向を示した長期ビジョン Epson 25を策定。「世の中になくてはならない会社」でありたいという志を示し「省・小・精の技術」を基盤として、事業を通じたイノベーションを起こすべく強いリーダーシップを発揮している。2001年ヨハネス・グーテンベルク賞受賞。2018年藍綬褒章受章。

記者:松崎未來

東京藝術大学美術学部芸術学科卒。同大学で学芸員資格を取得。アダチ伝統木版技術保存財団で学芸員を経験。2011年より書評紙『図書新聞』月刊誌『美術手帖』(美術出版社)などのライティングを担当。2017月3月にethicaのライター公募に応募し、書類選考・面接を経て本採用となり、同年4月よりethica編集部のライターとして活動を開始。関心分野は、近世以降の日本美術と出版・印刷文化。

ーーBackstage from “ethica”ーー

「ゆめ水族園」のとある訪問先で「ふだん無反応な病床のわが子が、天井を泳ぐ魚に向かって手を伸ばした」と喜ぶ親御さんがいたそうです。そのエピソードをうかがったとき、豊かな未来のヴィジョンを思い描き、そこに向かって前進する企業の姿が、光の魚に手を伸ばす子供の姿にふと重なりました。実は、エプソンの運営する新宿のギャラリー「epSITE」のメンバーズカードをつくっていたくらいのエプソンファンだったので、今回の社長さまインタビュー、大変楽しませていただきました。今春、ショールームは新宿から丸の内に移転とのこと。こちらのオープンも楽しみです。

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私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

松崎 未來

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