読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第14章:(第3節)
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読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第14章:(第3節)

新企画「あなたにとってウェルビーイングとは何か」を担当します永島郁哉と申します。早稲田大学大学院で社会学を研究しながら、休日には古着屋に行ったり小説を書いたりします。

この連載は、ストレス社会に生きる私たちが、ふと立ち止まって「豊かさ」について考えるきっかけとなる、ささいな休憩所のようなものです。皆さんと一緒に、当たり前だと思っていた価値観を一つ一つほどいていく作業が出来たらと思います。

第14章 霜月で立ち止まる

第3節 語り得ないものについて

曲がりなりにも、文章を書くことを仕事にしている身として、「言葉にできない」とか「説明がつかない」とか「何とも言えない」というような形容詞はなるべく避けるようにしています(すごく便利なので、つい使ってしまうこともありますが)。でも、今回お話したいのは、ただ便利だから「言葉にできない」と表現してしまうケースではなく、そうとしか言えないから「言葉にできない」と表現するケースについてです。

もしかすると、荘厳な景色を見て「言葉にできない」と言うときの感覚を思い浮かべる方もいるかもしれません。ただ、それらもまた、言葉で表現し切ることはできなくても、表現そのものは可能なはずです。「綺麗だ」とか「美しい」とか、例え陳腐な言葉でも表現することはできる。

でも、世の中には、本当にこれっぽちも表現できない事柄があるはずです。今回わたしが言いたいのは、表現できないことは表現しない、という意識がときには重要なのではないか、ということです。

さて、そうは言っても、表現できないこととは一体何でしょうか。本当に言葉で語り得ないものなどあるのでしょうか。

最も身近なものから始めましょう。例えば、あなたは自転車の乗り方をどのように習いましたか。勉強していたら、ある日突然乗れるようになったという人はいないでしょう。きっと誰もが、実際に自転車にまたがり、補助輪から始めて、そして二輪に挑戦し、何度もこけて、やっと自転車の乗り方を覚えたはずです。では、自転車の乗り方を説明してくださいと言われたら、どうでしょうか。どのタイミングで足を地面から離すか、ハンドルにどう力を込めたら良いか。自転車に乗っているときは「理解」できていても、いざ言葉で説明しろと言われると難しいことがわかります。

少し複雑な例に移りましょう。例えば、あなたが友達と会話しているとします。二人の共通の趣味について、話が盛り上がっています。そのとき、あなたはどうやって会話を成立させているでしょうか。つまり、相手の発話がここで終わりだ、とか、今度は自分が話す番だ、ということを、あなたはどのように認識するのでしょうか。「なんとなくわかる」としか説明できないはずです。

言葉では説明できないけど、知っている、わかっている、理解している。こういった感覚は、むしろ日常の至る所に溢れています。これらがないと、私たちは日常生活を送ることさえ難しい、と言っても良いかもしれません。つまり、それほど、語り得ないものは、私たちと密接な関係にあるわけです。

もしかすると、あなたはまだ自転車の乗り方を必死で説明しようと試みているかもしれませんが、重要なのは「語り得ないものはそのままにしておかざるを得ない」ということです。

ヴィトゲンシュタインという偉大な哲学者は、「語り得ないものについては沈黙しなければならない」という最も有名な言葉を残しています。この詳細な読解はここでは行いませんが、これを社会学者のゲオルク・ジンメルは、「実践知」として解釈しています。つまり、世の中には、言葉で表現できる知識(例えば、漢字の書き方から、複雑な数式の読解まで)と、言葉では表現できない知識(例えば、自転車の乗り方から、会話の仕方まで)があり、後者については、実践を通してしか知識とはならないということです。

簡単に言えば、自転車の乗り方は実際に自転車に乗らないとわからないし、会話の仕方は実際に会話を重ねないとわからない、ということですね。

なぜこんな話をするかと言えば、わたしたちは言葉で表現できるもののみを知識として考えている節があるからです。そして、それは、誰が賢くて誰が賢くないとか、誰が論理的で誰が論理的でないか、といった価値判断と結びつきがちです。

人が生きる世界はもっと複雑です。そこには言葉で表現できず、客観的に外からは見えないような豊富な知の蓄積があります。わたしたちが生きる社会はそのように成り立っているはずです。「語り得ないもの」について考えることは、言葉と共に生きる人間の歩みを止めます。そうして立ち止まって考えることが、社会の分厚さについて考えることになるし、あるいは今隣にいる人の内側にある世界についても考えることになります。

今回の連載は如何でしたでしょうか。バックナンバーはこちらからご覧頂けます。

[読者対話型連載]あなたにとってウェルビーイングとは何か

永島郁哉

1998年生まれ。早稲田大学で社会学を学ぶ傍ら、国際学生交流活動に携わる。2019年に公益財団法人イオン環境財団主催「アジア学生交流環境フォーラム ASEP2019」に参加し、アジア10カ国の学生と環境問題に取り組んだ他、一般社団法人アジア教育交流研究機構(AAEE)では学生スーパーバイザーを務め、ベトナムやネパールでの国際交流プログラム企画・運営を行っている。2019年9月より6か月間ドイツ・ベルリン大学に留学。

——Backstage from “ethica”——

今回の連載は、読者対話型の連載企画となります。

連載の読者と、執筆者の永島さんがオンラインオフ会(ZOOM)で対話をし、次の連載の話題や企画につなげ、さらにその連載を読んだ方が、オンラインオフ会に参加する。という形で、読者との交流の場に育てていければと思います。

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ethica編集部

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