読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第8章:挑戦の哲学(第5節)
独自記事
このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram
読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第8章:挑戦の哲学(第5節)

新企画「あなたにとってウェルビーイングとは何か」を担当します永島郁哉と申します。早稲田大学で社会学を学びながら、休日には古着屋に行ったり小説を書いたりします。

この連載は、ストレス社会に生きる私たちが、ふと立ち止まって「豊かさ」について考えるきっかけとなる、ささいな休憩所のようなものです。皆さんと一緒に、当たり前だと思っていた価値観を一つ一つほどいていく作業が出来たらと思います。

第8章は「挑戦の哲学」と題してお送りします。新年度を控え、この春に卒業・進学・就職を迎える人、あるいはこの春新しいことにチャレンジする人へ向けて、東南アジアで見つけた挑戦と幸せの哲学をご紹介します。

第8章 挑戦の哲学

第5節 変化を記録する(前編:フルマラソンを走りながら、大学入試を解く)

「とても、とても多くの人が、今君が経験しているのとちょうど同じように、道義的にまた精神的に思い悩んできた。ありがたいことに、彼らのうちのあるものはそういう悩みについての記録をしっかりと残しているんだ。君はそういう人々から学ぶことができる――もし君が望めばということだけどね。」(キャッチャー・イン・ザ・ライ,村上春樹訳,2006,p.321)

これまで多くの人が、サリンジャーの有名な小説『ライ麦畑でつかまえて』に、人生の教訓を見出してきました。私自身もその一人ですが、冒頭にあげた一節は特に私のお気に入りです。本や映画、音楽に触れ、そこに込められた作者の悩みや葛藤を見出したとき、私は自分という人間が成長したような感覚を抱きます。

サリンジャーはこの部分で「他者の経験の記録」のみを指していますが、私はここに「自らの経験の記録」を入れても良いのではないか、と最近考えるようになりました。特に、「変化のただなかにいる自分」についての記録は、未来の「わたし」にとって間違いなく財産になるのではないか、と思うのです。

ホーチミン市の夕日

環境が変わり、自分自身に変化が訪れたとき、私たちは大変多くの、劇的で、ふり幅の大きい感情の波を体験します。それは、吐き気がするほど不快なものもあれば、天にも昇るような興奮もあります。そうしたものは、あまりにも一瞬で過ぎ去ってしまうために、後になって思い出そうとしても、なかなかおいそれと目の前に現れてはくれません。ですが、何らかの方法でその瞬間の一部を切り抜いて記録しておけば、手軽にアクセスできる学びの引き出しを作ることができます。

問題は、変化の波にあっては、記録するという作業が恐ろしく重労働に感じられることです。まるで、フルマラソンを走りながら、大学入試の問題を解くような感覚です。だから私たちは、頭の中で回答した問題を後で解答用紙に写しておこうなどという楽観主義に陥って、とりあえずペンを置いて、走ることに集中してしまうのです。ところが、身体的に、あるいは精神的に様々なものを体験していると、それらを処理する業務に追われてしまって、一体どこにそのときの感情をしまい込んでしまったのかわからなくなります。だから、後から取り出そうにもなかなか見つからないわけです。

フォーの屋台

これは、単純に「忙しいときの記憶がない」という問題に限りません。「あの時は大変だったけど、なんとなく乗り切れた」という感覚は、記憶はあってもその時の感情の多くを喪失してしまったことを意味しています。一体その時にどんなことを感じていたのか、どんなことを嫌だと思ったのか、どんなことに感動したのか。実際に後から思い出せるのは、全体のほんの一部(しかも、その多くは、ひどく美化された、ほとんど偽物の感情)でしかありません。

あるいは肉の市

ベトナム定番のご飯

正直に言えば、私はこの「変化の記憶と、その美化」の問題にひどく悩まされてきました。自分が成長したという実感がないからです。「なんだか大変だったけど、今思えば楽しかった」というモザイクだらけの化粧で、気づけば外見ばかりが大人になっていくわけです。ところが、ベトナムで多くの学生が実践していたことが、不愉快なこの悩みを根本からひっくり返してしまいました。私はそれから、自分が変化しているという実感があるときには必ずそれを行い、そして後から記録を見返して多くの感情を再確認しています。それは、私たちにとても身近なものです。

 

メディアにやどる感情

(後半に続く)

今回の連載は如何でしたでしょうか。バックナンバーはこちらからご覧頂けます。

[読者対話型連載]あなたにとってウェルビーイングとは何か

永島郁哉

1998年生まれ。早稲田大学で社会学を学ぶ傍ら、国際学生交流活動に携わる。2019年に公益財団法人イオン環境財団主催「アジア学生交流環境フォーラム ASEP2019」に参加し、アジア10カ国の学生と環境問題に取り組んだ他、一般社団法人アジア教育交流研究機構(AAEE)では学生スーパーバイザーを務め、ベトナムやネパールでの国際交流プログラム企画・運営を行っている。2019年9月より6か月間ドイツ・ベルリン大学に留学。

——Backstage from “ethica”——

今回の連載は、読者対話型の連載企画となります。

連載の読者と、執筆者の永島さんがオンラインオフ会(ZOOM)で対話をし、次の連載の話題や企画につなげ、さらにその連載を読んだ方が、オンラインオフ会に参加する。

という形で、読者との交流の場に育てていければと思います。

ご興味のある方は、ethica編集部の公式Facebookのメッセージから、ご応募ください。

https://www.facebook.com/ethica.jp

抽選の上、次回のオンラインオフ会への参加案内を致します。

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

ethica編集部

このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram
【ethica Traveler】 連載企画Vol.5 宇賀なつみ (第4章)サンフランシスコ近代美術館
独自記事 【 2024/3/20 】 Work & Study
「私によくて、世界にイイ。」をコンセプトに2013年に創刊した『ethica(エシカ)』では、10周年を迎える節目にあたり、エシカルでサステナブルな世界観、ライフスタイルをリアルに『感動体験』する場を特集しています。 本特集では、カリフォルニア州サンフランシスコ市のエシカルな取り組みを取材!エシカ編集部と共にサステナブ...
【ethica Traveler】  静岡県 袋井市の旅 おいしいもの発見!
独自記事 【 2025/3/20 】 Work & Study
日本列島のほぼ真ん中で、駿河湾を囲むように位置する静岡県。その中でも、太平洋に面する西の沿岸部に近いところに袋井(ふくろい)市があります。東西の交流地点として、古くから人や物や情報の往来を支えてきた袋井市は、高級メロンやリゾート、由緒正しき寺院など、未知の魅力がたくさんあるユニークな場所です。今回は、そんな袋井市の中で...
冨永愛 ジョイセフと歩むアフリカ支援 〜ethica Woman Project〜
独自記事 【 2024/6/12 】 Love&Human
ethicaでは女性のエンパワーメントを目的とした「ethica Woman Project」を発足。 いまや「ラストフロンティア」と呼ばれ、世界中から熱い眼差しが向けられると共に経済成長を続けている「アフリカ」を第1期のテーマにおき、読者にアフリカの理解を深めると同時に、力強く生きるアフリカの女性から気づきや力を得る...
持続可能なチョコレートの実現を支える「メイジ・カカオ・サポート」の歴史
sponsored 【 2025/3/19 】 Food
私たちの生活にも身近で愛好家もたくさんいる甘くて美味しいチョコレート。バレンタインシーズンには何万円も注ぎ込んで自分のためのご褒美チョコを大人買いする、なんてこともここ数年では珍しくない話です。しかし、私たちが日々享受しているそんな甘いチョコレートの裏では、その原材料となるカカオの生産地で今なお、貧困、児童労働、森林伐...

次の記事

「サステナブルカカオ豆」の調達比率100%達成を宣言 ~明治が“地球の健康”に向けた Newアクションを発表~
カリモク家具やDEAN & DELUCAが初出展!スマイルズの蚤の市「PASS THE BATON MARKET Vol.7」が開催

前の記事

スマホのホーム画面に追加すれば
いつでもethicaに簡単アクセスできます