読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第10章:雨ニモマケズ(第2節)
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読者対話型連載「あなたにとってウェルビーイングとは何か」 第10章:雨ニモマケズ(第2節)

新企画「あなたにとってウェルビーイングとは何か」を担当します永島郁哉と申します。早稲田 大学大学院で社会学を研究しながら、休日には古着屋に行ったり小説を書いたりします。

この連載は、ストレス社会に生きる私たちが、ふと立ち止まって「豊かさ」について考えるきっ かけとなる、ささいな休憩所のようなものです。皆さんと一緒に、当たり前だと思っていた価値 観を一つ一つほどいていく作業が出来たらと思います。

第10章 雨ニモマケズ

第2節 雨の日に晴れる

梅雨が近づく6月。第 10 章は、雨という気候について思考してみる回です。雨に対する負のイメ ージを一度払拭してみると、今年の梅雨は違った形で感じられるかもしれません。雨の復権と再 評価。読者の方々のエピソードを通して、少しだけ雨というものと向き合ってみましょう。

今回、雨にまつわる物語を共有してくれたのは、私の友人、Aです。以下のエピソードは、Aの 語りをもとに、私が再構成したものです。

私が雨について、そのもたらす効果を実感したのは、大学生のときです。私はそのとき、雨とほ とんど神秘的に結びついていたと言えるかもしれません。とにかく、私は雨と連帯して、雨に救 われたのでした。

当時の私は悲惨でした。美術大学に通っていたその時期、卒業制作を間近に控え、指導教授の見 えないプレッシャーに怯えていました。それに加えて、デザイン事務所で週7回の無給インター ン。雇い主は著名なデザイナーでしたが、仕事内容はほとんど秘書のようなものです。スケジュ ールを調整し、撮影に同行し、クルーのアテンドをし、とにかくさまざまな雑務をこなしました。 朝の3時に連絡が入ることもありました。アルバイトや就活もこれに重なり、私はほとんど生き ている心地がしないのでした。

そんな私をさらに苦しめたのは、努力の量を他人と比べる私のやっかいな癖です。今思えば、当 時の私は誰よりも努力していたのに、あのときはなぜか、周りに置いていかれている感覚がして いたのです。自分の忙しさは偽物のような気がして、周りで忙しく動き回る友人たちに劣等感を 抱いていました。

人は見通しが立たないとき、とにかく手を休めないように働きます。何かのために働いていたの に、気づけば働くこと自体が目的化してしまうのです。当時の私もまさにそうでした。何かが足

りないと常に渇求し、ひたすら自分に負荷を課すことで、短絡的な自己充足を得ようとしていま した。もちろん肉体的な疲労が蓄積するばかりで、私を覆う霧が晴れることはありませんでした。

そんな折、大雨が降りました。風が強く吹き荒れ、大粒の雨が空に舞い上がるほどの飛雨でした。 その日、私は授業終わりにアルバイト先へ向かうところでした。雲が分厚く垂れこめ、あたりが より一層暗くなった夕方、誰もが足早に駅へと急ぎます。ところが私はどういうわけか、「歩いて みよう」という気になったのです。それはほとんど突飛な思いつきでした。そこからアルバイト 先までは電車で 10 分ほど。歩けば 30 分です。しかも大雨。でも、私には「そうしたい」という 確かな意志がありました。

駅から遠ざかるにつれ、通りをゆく人はどんどんと減っていきます。傘から飛び出たバッグが濡 れました。それでも私は歩き続けました。途中で靴下が濡れました。それでも私は歩き続けまし た。大型トラックが雨を巻き上げながら通り過ぎる。店の軒先から雨が滝のように流れる。雨粒 に打たれて落ちた花びらが側溝に溜まる。そうした何気ない光景が私の目を離さないからです。

そのうち、私はこうして歩く理由について考え始めました。そして気づいたのです。今、雨の中 を闊歩する私こそが、私が目指すものなのではないか。それはつまり、誰もが煩わしく思ってや らないことをやってみること、そうしたもののなかに価値を見つけることでした。私は、忙しく なるために忙しくしてはいけない。私は、誰かがやってこなかったことをやるために忙しくする のだ、と。皮肉なことに、大粒の雨が降るその瞬間に、私の内側に漂っていた靄が晴れたのでし た。

「回り道」という言葉は極めて時間に規定された言葉です。「回り道」は時間という物差しで測っ たときに「回り道」なのです。ところが、私たちは「時間」以外のさまざまな尺度を持っていま す。例えば、どれだけその道を「気に入っているか」という尺度であれば、回り道は決して回り 道ではなくなります。

雨についても、同じことが言えるのではないでしょうか。雨を煩わしいと感じるのは、それが私 たちの中の「とある尺度」によって測られているからです。ですが、物事を測るのに必ずその尺 度を使わなければならないというルールはありません。Aが自分の内面と向き合ったのは、そこ に「人々は果たしてそうするか」という実践の尺度を用いて、雨の中に価値を見出したからでし ょう。Aの体験は、まさに雨を「煩わしいもの」から解放した瞬間です。私たちがそのようにし て多様な価値尺度を用いることができれば、「雨」という現象は全く違った様相を見せるかもしれ ません。

今回の連載は如何でしたでしょうか。バックナンバーはこちらからご覧頂けます。

[読者対話型連載]あなたにとってウェルビーイングとは何か

永島郁哉

1998年生まれ。早稲田大学で社会学を学ぶ傍ら、国際学生交流活動に携わる。2019年に公益財団法人イオン環境財団主催「アジア学生交流環境フォーラム ASEP2019」に参加し、アジア10カ国の学生と環境問題に取り組んだ他、一般社団法人アジア教育交流研究機構(AAEE)では学生スーパーバイザーを務め、ベトナムやネパールでの国際交流プログラム企画・運営を行っている。2019年9月より6か月間ドイツ・ベルリン大学に留学。

——Backstage from “ethica”——

今回の連載は、読者対話型の連載企画となります。

連載の読者と、執筆者の永島さんがオンラインオフ会(ZOOM)で対話をし、次の連載の話題や企画につなげ、さらにその連載を読んだ方が、オンラインオフ会に参加する。という形で、読者との交流の場に育てていければと思います。

ご興味のある方は、ethica編集部の公式Facebookのメッセージから、ご応募ください。

https://www.facebook.com/ethica.jp

抽選の上、次回のオンラインオフ会への参加案内を致します。

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

ethica編集部

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