(第10話)「こぼれた梅シロップ」【連載】かぞくの栞(しおり) 暮らしのなかで大切にしたい家族とwell-being
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(第10話)「こぼれた梅シロップ」【連載】かぞくの栞(しおり)

心身ともに健康で、社会的にも満たされた状態であることを意味する「well-being」。

一人ひとりがwell-beingであることが、社会や環境をより良くしていくことにつながるのだと思います。

では、「私にとって良い状態」ってどういうものなんだろう?

そのヒントは、意外と何気ない日常の中に散りばめられているのかもしれません。

新しく何かを始めるのも大切だけど、まずは身近な人や自分が「ごきげん」でいることから。

家族と過ごすなかで感じる、そんな一瞬一瞬を切り取って、綴っていけたらと思います。

一日のなかで最も慌ただしい朝。

保育園の荷物をまとめたかばんを玄関に置き、洗面所で身支度をしていると「ままー!こぼれてるー!」とキッチンの方から聞こえる3歳の娘の叫び声。

 

お水でもいれようとしたのかなと不思議に思いながら向かうと、がーーーーーーーーーん。

 

床一面に広がる梅シロップ……。

それを前に、やってしまったという顔でしゃがんだ姿勢のまま固まっている娘。

 

お砂糖を行き渡らせるために引っくり返して置いていたビンのフタの金具を開けてしまったようで、そこからシロップがどくどくと溢れ出していたのでした。

 

悲惨な状況と裏腹に、キッチンに広がる梅の爽やかな甘い香り。

 

なにやってんのー! と叫びたい気持ちを抑え、ひとまずビンを起こしてシンクへ持っていき、異変を感じたのか「どうしたん?」と様子を見に来た夫に、手も足もベタベタな娘のシャワーを託し、ベタつくシロップを古いバスタオルですくうようにしてゴミ袋にいれ、仕上げの水拭きをしながら(飲むの楽しみにしてたのにな……)と思わず深い溜息。

 

シャワーを終えて戻ってきた娘に話を聞くと、「ふたあけちゃったから……。足があたってん!」

「そっか、今度からどうしたらいいかな?」

「ふたをあけない。きをつける」

「そうやね」

「……ごめんなさい」

 

もう少し話をしたいところでしたが、保育園に送らなければいけない時間も迫っており、とりあえずこの場は終わらせて家を出ることに。

娘を保育園に送った帰り道。

以前は何かやらかすと、その状況を受け入れられずギャーッと泣いていた娘が、最近は、やってしまったことを冷静に捉えてるなぁ……、ついでに言い訳も覚えてきたなぁ。

そんなことをぼんやり考えながら、でも自分自身の気持ちはなんだか、もやもやしたままで。

 

やってしまったこと自体は仕方がないし、怒ることでもないのですが(そもそもを言うと、引っくり返したまま置いていた私も悪かった……)、ごめんなさいを言ったあと「またつくったらいいやん!」と開き直っていた娘の一言も腑に落ちない一因で、「あの出来事を娘はどんなふうに感じてたのかな」「失敗してもやり直せることを伝えたいと思っているけど、なんか違うよな……」と悶々。

 

帰宅後、仕事の準備をしながら、あの時どう対応したらよかったかと夫と話すなかで、「あ、わかった。私は悲しかったってことは、しっかり伝えてもよかったんちゃう?」と夫の一言。

 

たしかに言われてみれば、限られた時間で後始末をすること、なぜそうなったのか、どうすればよかったか娘と話すことにいっぱいで、私自身の気持ちは伝えられていませんでした。

このところ、娘が日々巻き起こすトラブルに感情的に叱ってしまうことが多く、その反省もあったりして。

先月、娘と一緒に仕込んでいた梅シロップ。

大中小、3つのビンに浸かった梅を毎日眺めながら「おっきいのはおとうさん!ちゅうくらいのはママ!ちいさいのは娘ちゃん!」とみんなで飲む日を楽しみにしていた娘。興味本位でやってしまったとはいえ、少なからずショックだっただろうな……。

 

そんなことを思い出しながら2つだけになってしまったビンを見ると、悲しい気持ちが溢れてきて。

ああ、あの瞬間にこの気持ちを共有できたらよかったな。

 

しっくりこなかった心のもやもやが晴れ、帰ってきたら、もう一度娘と話をしてみよう。

そう心に決めて仕事に向かったのでした。

【連載】キコの「かぞくの栞」を読む>>>

季子(キコ)

一児の母親。高校生のころ「食べたもので体はできている」という言葉と出会い食生活を見直したことで、長い付き合いだったアトピーが大きく改善。その体験をきっかけに食を取り巻く問題へと関心が広がり、大学では環境社会学を専攻する。

産後一年間の育休を経て職場復帰。あわただしい日々のなかでも気軽に取り入れられる、私にとっても家族にとっても、地球にとっても無理のない「いい塩梅」な生き方を模索中。

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

季子(キコ)

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